621 / 714

赫砂の失楽園 35

 セックスの最中の激しい心臓の音ではない穏やかなテンポのそれが、ぬくもりと相まって気持ちよく体を包んで……  今まで終わればさっさとベッドから降りていたオレにとっては、初めての経験であり極上の体験だった。    人肌のぬくもりも香りも、こんなに気持ちいいものだとは知らなくて……  この男と溶けて混ざってしまえるんじゃないかって、そうしたらきっと幸せなんだろうって思考が霞む頭で考えた。  家以外では眠ったことがないのに、赤い瞳に見守られているんだってわかるととろりと瞼が落ちて、抗うことは難しい。  「ハジメ?」とオレのまどろみを邪魔しないように出された声が、耳をくすぐるのが気持ちよくて返事すらもままならなかった。  そんなオレを、完全に眠ってしまったと思ったのだろう。 「   月と太陽に分かたれた双身一対の我らが神よ、この愛しき者の眠りをお守りください。健やかな眠りと、健やかな目覚めをお与えください  」  こめかみにキスと共に呟かれた文言は、いたわるはずの言葉だったのにオレから心地よさを奪うものだった。    愛からすべては始まった  始まりは二人を産み  二人は子をなし三体となり  さらに地に増え四種と増えた  そして、時は満ちて第五の人が現れる  我々はそれを崇め奉り、暗き世に光をもたらす救世主のわずかな力とならん    ぐっと胃を押されるような不快感にはっと目が覚める。  寝起きの頭にこびりついた文言は、幼い頃から繰り返し言わされた聖典の冒頭だ。  幾ら忘れようとしても刷り込まれるようにして教えられた言葉は、意識の隙間を縫うようにして無意識に傷ついたレコードのように頭の中に繰り返し流れてくる。 「   っ」  言葉を振り払うように頭を振った途端、体中に走った痛みに呻いてぐっと奥歯を嚙み締めた。  いったい自分に何が……と思うほどの痛みは……なんてことはない、ただの筋肉痛だ。 「……ぃ、て  」  腰ががくがくしているし、足は小鹿のようにぶるぶるしている。  腕はかろうじて体を支えてはくれるものの、小刻みに震えすぎてなんだかヤバい人間の動きだ。 「な  な、な?は?」  記憶が完全にないわけではない。  男に買われてホテルに連れ込まれて……キスに夢中になったことも覚えていたが、それ以降の記憶はほぼないに等しい。  オレは何をして……なんておぼこいことを言うつもりは一切ないが、頭の中はただただあの男が与えてきた快感に翻弄されてぐちゃぐちゃだ。 「あ、ぁ……っ」  ぶるぶると震えながら見下ろした体に点々と残された散った花びらのような痕に、我を忘れて縋ったことを思い出して呻く。

ともだちにシェアしよう!