622 / 714

赫砂の失楽園 36

「なんっ  何をしてしまったんだっ」  絞り出すように出した言葉は喘ぎすぎたせいかがびがびだ。 「っ  あんたっ!もしかしてなんか怪しい薬とか使ったんじゃ  っ」  怒鳴り上げてやろうと振り返ったところで、広いキングサイズのベッドががらんとしていることに気がついた。  さっと手を差し入れてみてもひんやりとしていて、熱に翻弄されてあれほどもつれあったと言うのにその温かさの欠片はわずかも残っていない。  あの男はずいぶんと前にベッドから出ていったようだ。  いや、この部屋から だな。 「…………」  別に腕枕で目覚めたかったとかそんな話ではないけれど、熱烈だった夜の記憶が鮮明なせいで一人取り残された今がとても寂しいと言うか……空虚な感じがした。  幾らキラキラとした室内にいて、清潔でゴージャスな空間だとしても、それでこの虚しさは埋まらない。  一晩寝た相手を置いてさっさと去る……なんて、自分自身が散々してきたことだったのに自分がされるとこんなにも落ち着かないものなのか と、穴を埋めるように胸を押さえてそのことについて少しだけ思考を巡らせた。  けれど……  客のひとりひとりに情をもって振り回されていたらどうにもならないのだと、言い聞かせるようにしてベッドから降りた。 「 わ、 と」  よたつくけれど倒れるほどじゃない、これなら帰ることができる。  それならさっさと退散だ とばかりに一歩二歩歩き出して、腹のナカの違和感に気がついた。  とろ と伝い落ちるものの正体に、最初はナカに入れてあったローションが零れてきたのだと思っていた。  けれど鼻につく青臭い臭いに気づいて思わず「ひっ」と声が漏れる。  これは……  これは……精液?  これが何かわからないって言えるほどおぼこくないオレは、血の気が引くのを感じながらこぽりと溢れて足の内側を伝い始めた半透明な筋に目を奪われる。 「ぅ……」  いつからナカに出されていた⁉  いつから……オレは、男にナカに出してもいいと許可を出していた⁉  額をつけて神に祈りを捧げるようにオレのナカに精液を吐き出して、オレを孕ませたいと繰り返した姿を思い出して……  オレは慌てて浴室へと飛び込んで、男が残した欲の残滓を洗い流す。  なんでなんで と大慌てで汚れを落とすと、体が濡れている状態なのに無理やり服を着て部屋の出入り口の方へと向かう。  その途中、十個のジェラルミンケースが並べてあるのが見えたが…… 「そんなでっかい荷物、どうやって持ち歩けって言うんだよ!」  吐き捨てるようにして横を通り過ぎると、テーブルにメモのようなものが見えた。    

ともだちにシェアしよう!