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赫砂の失楽園 37

 それを見ることはできた。  少し足を止めて覗き込むだけで十分なのに、そんなもので終わらせようと言うのが腹立たしく思えて、あえて「ふんっ」と首を振って扉を開けた。  そろり……と足音を忍ばせながら家の様子を窺う。  今日は休日で、用事がない限り兄弟たち家にいるだろうことがわかっていたからだ。  いつもは幾ら夜遅くまで客を取っていたとしても、朝帰りをすることはなかった……から、弟たちの反応がどう言ったものなのか想像がつかない。 「た、ただい  ただだい   」  びくびくとしながら玄関から居間を眺める。  数歩歩けば向こうの壁に手がついてしまうほど狭い我が家。  何部屋あるのかわからないようなあのホテルの部屋は、ここの何倍の広さだったのか……  あの部屋で過ごした後だからか、慣れた自分の部屋だと言うのに息苦しいほど狭く感じる。 「────おかえり」  低い声に思わず飛び上がった。 「た、たたただだい!」 「なにそれ」  流弐に冷たく言われて背筋がこれ以上ないほど真っ直ぐになる。 「……俺たちが何か言える立場じゃないのはよくわかってるつもりだけどさぁ、その……今までは暗黙の了解って言うか、朝帰りはしないって言うのがあったじゃん」  言葉はオレを怒りたいわけじゃない と言う雰囲気だし、流弐が言いたいことが何かはよくわかるつもりだ。 「兄さんに何かあったかなって、思って……だいぶ心配してたんだけど」  オレによく似た切れ長な目は感情が乏しくて冷たい人間に見えるのだけれど、オレはお兄ちゃんだからわかる。  流弐は、不安だったんだろうなって。  オレ何かあったんじゃないかってことと、もしオレに何かあったら自分が弟たちの面倒を見なければいけなくなって……それをうまくこなせるのかと一抹の不安感があって……そうなったらどうするんだって八つ当たりのような怒りと、それから心配がひっくり返っての怒りと、約束を破ってしまったことに対する怒りでごちゃごちゃになって、すごくしんどい状態なんだろう。  気を張っていて疲れたってのもあるのかもしれない。  もうすぐオレを超しそうな身長の流弐の頭をぽんぽんと叩く。 「心配かけて、ごめん。でも全然、困ったことがあったわけじゃないから」 「…………」  流弐の視線は胡乱なものを見るような雰囲気で。 「ホントだって!」  ちょっと、非日常だったなって経験をしただけで……  それだけだ。 「みんな心配してたんだからな!」  ふくれっ面で言うのもかわいらしくて、思わず小さい子供を相手にするようにぎゅっと抱き着いた。 「はーい!ありがとうね!」  ぎゅうぎゅうと流弐を抱きしめた手に力を籠める。

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