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赫砂の失楽園 43

「それ、引っ込めてくれよ」 「それ?」  オレが傍に寄ると、男は気分よさげに口の端を上げて見下ろすばかりだ。  仕方なくオレは目を眇めて……それから慌ててぎゅっと瞼を閉じた。  そうでもしないと男のフェロモンにあてられてめまいを起こしそうだったから……  威嚇 なんてものではなかった。  そう言ったものよりももっとこの男にとっては平坦なもので、常日頃から行っている行動の延長なのだろうけれど、それでも慣れない人間には毒のようだ。  物理的に首を絞められたわけでも押さえつけられたわけでもないのに、息苦しさを覚えて大きく肩で息をする。 「営業妨害 だ」 「営業?」  ちら と辺りを見回されて……客がいないのは百も承知だ。  いつもならこの時間ならば客がいてもおかしくないはずなのに…… 「 ! ……あんた、何かして……」  はっと店のドアの方に視線をやるも木製のドアの向こうがどうなっているのかなんてわからない。  もしかしたらと言う思いが頭をもたげるものの、確証は持てなかった。 「さぁ、行こうか」 「は?」  手を取られそうになったのを慌てて避ける。  オレの手をすっぽりと包み込んでしまえるくらい大きな手に捕まってしまえば、抗えなくなる予感がしたからだ。    すべてを絡めとってもみくちゃにして、何も考えられないまま遠くに連れ去られそうな…… 「オレ……オレ、仕事中だし  」 「仕事?」  今にも鼻で笑いだしそうな雰囲気をまといながら、男は逃げるオレの手をぐいと掴む。  馴染むようなのに熱さに飛び上がりたくなるような感覚がする。  他の誰にも感じたことのない、それは…… 「て……店長、今日は……帰ってもいいでしょうか?」 「壱⁉」  店長がオレの名前を呼んだ瞬間、オレを掴んでいる手に力が籠った。  痛い と言ってしまうには緩かったが、掴むと言うにはきつすぎる。 「待て!今……」  店長の言葉が続かなかったのは、警察ではこの男をどうにもできないだろうと直感したからだろう。  この男の雰囲気はそんなもので抑えられるような人間ではないと語っている。  ぐっと言葉を飲み込んだ店長が素早い動きで携帯電話を操作するのを見て、それを遮るために声を上げた。 「大丈夫です!本当です!」  この男は、オレには危害を加えないだろう。  けれど……オレ以外はわからない。  だから刺激しないでくれ と視線で送ったのをケイトが受け取ってくれたようだ、店長から携帯電話を取り上げてぶんぶんと首を強く振る。 「ケイト!」 「ハジメ大丈夫って言ってるから!」 「そんなわけ   」  青い顔をしながらも、オレを助けようとしてくれる店長に頭を下げた。

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