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赫砂の失楽園 44
「ご迷惑をおかけしますが、今日はこれで失礼します」
固い声で告げて、男が何かしでかす前に捕まれた手に力を込めてドアの方へと促す。
抵抗されるかと思いもしたけれど、男はオレが思っていたよりも軽い足取りで木製のベルのついたドアをくぐってくれた。
着替えもカバンも忘れた と思っても後の祭りで、今更取りに戻ることなんかできない。
いや、それよりももっと悩むことがあった。
店のドアから続く階段を上がってすぐに、客が入ってこなかった理由を知った。
ずらりと並ぶ黒服の男と、見たことのないほど艶のある高級車の列と……それらががっつりと店の前を占拠して、通りがかる人ですら遠巻きにしている。
「なんてこと……してんだ……」
これじゃあ客が来てもこの物々しさに気おされて帰ってしまうだろう。
「なんてこと?私はただハジメを迎えにきただけだ」
「迎えにきただけ……って……」
「君が来てくれるまで日参するつもりだったけれどね」
「…………」
実質それは脅しだ。
『gender free』に客を入れたければついて行くしかないんだ と、脅迫されてはオレにはどうしようもない。
店長に迷惑をかけるわけにはいかないんだから……
「ついて行く」
「よかった!これ以上君の名前を呼ぶ男を見ていたくなかったからね」
「は⁉ 店長は別にそんな相手じゃない!」
叫び返したオレに対して、周りの黒服の男たちはなんの感情も見せない。
そう言う訓練でもされているのか、まったく動じた様子はなかった。
「そんな相手だろうが、そうでなかろうが、君の名前を口に乗せるのは私だけでいい」
「そん そんな奴いっぱいいる!兄弟もそうだし、友達だって……」
「だが君が気にかけているのは彼だろう」
言葉が口の中で立ち消える。
反論をしようとしているのに凪いだ双眸に見下ろされてしまえば、嘘なんて吐ける気がしなかった。
「……あんたに、関係のない話だし、店長のことはオレとあんたの間には関わってこない話だろ」
「番がよそに気をとられているなんて、そんな面白くない話が関係ないと?」
はぁ?と大きな声を上げた時、砂色の髪の男が近づいてきて車の方へと注意を向けた。
「お話はあちらで。飲み物もご用意してありますので」
促された先はテレビでしか見かけないようなながーい車で……思わずそのあからさまな高級車に怯んで足がすくんだ。
普通に生きていたら絶対に乗ることなんてないと言い切れる車に、反射的に首を振る。
「や オレは……」
「あの車は気に入らないか?」
男がひらりと手を振れば、それだけですべての意志が伝わったとでも言うように黒服の男たちが動き出す。
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