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赫砂の失楽園 45

「誰もそんなこと言ってないだろっ」 「では、行こうか」  さらりと手を取られて……リードし慣れている人間の動きで車へと押し込まれる。 「な に  何の用でこんな」  小銭を数えて生きているような人間にとって、この空間自体がもう異世界と変わらない。  ぎゅっと身を縮めて借りてきた猫のように大人しくしているしかできることはなかった。  緩やかに走り出したのがわかる振動に飛び上がりたい衝動をぐっとこらえながら、隣に座った男をそろりと見る。  どうしてオレはこんなわけのわからない男と関わってしまったのだろうか? 「用?……番に会うのに理由がいると?」 「つが……だからそれって  」 「ああ、そう。番を愛でたいから でかまわないだろう?」 「オレは番なんかじゃない!」  突拍子もないことを言い出した男から距離を取るようにジリ と体をずらす。  会った時から変な男だとは思っていたがそれでも正常な範囲だと思っていた。けれどそれもさっきから繰り返される言動のおかげで考え直さなければならないようだ。 「ハジメ」  名前を呼ぶ声はこれ以上ないと思えるほど甘い。  鼓膜を揺らすそれはあの時ベッドの中で繰り返しオレを呼んだ声だ。 「……」    ぎゅっと耳を押さえて身を固くする。  ぞわぞわとした震えが全身に回らないうちにその男の声を締め出してしまいたかった。  なのに男に手を取られると従うように耳から掌が離れていく。 「君は私の番だ」 「なに……言ってるんだ……オレは番じゃない!」 「それはまだ、君のヒートを待ってからではないと」  取られた手に口づけられて……胸の奥がむずむずするけれどそんなことには構っていられなかった。 「オレにヒートはこない!」 「まだ、未経験?それは素晴らしい」 「み……ちがっ  オレはベータだ!前にも言ったはずだ!オメガじゃない!」  力いっぱい男を突っぱねてはみたが、がっしりとした体はそれくらいでは揺るがない。  むしろ掌いっぱいに男の熱を感じてしまって、慌てて万歳の形で手を跳ね上げた。 「オメガじゃない?」  男の声はからかうような笑いを含んでいて、オレの言葉をただの戯言だと思っているとはっきりと物語っている。 「こんなに香しい匂いをさせて、ここをこんなに焦らしておきながら?」 「……は?」  腹に置かれた手は熱い。  服越しだって言うのにどれほどその掌の熱さを感じるのか……  見つめられて、体温が上がって、  触れられて、体が焦れて、  明らかに今までの客に対する反応じゃないってわかっている。  そして、きっと今この男がフェロモンを使ってオレを篭絡しようとしていることも……  

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