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赫砂の失楽園 46
どくどくと跳ね上がる心臓はきっとフェロモンのせいだし、見つめられてその深紅の瞳を覗き返してしまうのもフェロモンのせいだ。
きっとそうに違いない。
βとは言え多少はフェロモンを感じ取ってしまうのだから、この男がフェロモンを垂れ流してそれに反応してしまうのは仕方がない。
「ハジメ、口づけをしてもいいだろうか?」
αはバースヒエラルキーの頂点に立つ生き物で、それより下はもうただそのカリスマ性にひれ伏すしかないんだって。
だから、フェロモンを出しながらねだられてしまったら、もうオレに断る選択肢なんてかけらも残されていないんだ。
しかたがない。
αが望んだから、オレは目を閉じて男のキスを黙って受け入れた。
どこまでも沈み込んでしまうかのような柔らかな感触に、寝返りを打つのも億劫だった。
けれど傍らにいい香りの元があって……それを嗅いでいるとたまらなく心地いいからつい、そちらの方に顔を向けて首を伸ばしてしまう。
そうすると柔らかで艶々した何かに触れて、嬉しくなって口の端が上がるのを感じた。
手の中にそれが収まることが嬉しい。
その香りに触れられることが幸せ。
柔らかで暖かで心地のいいそれらに包まれながらまどろんでいるこの瞬間、オレは自分が世界で一番幸せな人間なんだって理解した。
触れあった部分から流れてくる穏やかな脈のリズムに自分の脈拍が重なって……
心地いい。
心地いい。
そして、
幸せだ。
この上もなく……と思うと鼻の奥がツンと痛んで涙が溢れてくる。
幸せなのに幸せすぎて悲しくて、体の境目が憎くて辛くて恨みたくなってくる。
「ハジメ どうして泣いている?」
「 ……っ」
オレの異変にすぐに気づいたのか、男の声が聞こえてすぐに目元を拭われる感触がした。
熱い指先が目の縁を通って行くのを感じると、二人が別々の生き物だと言う悲しさがわずかに拭われたような気になる。
「さみし 」
「私がいる」
そう返されて安堵して…………
「な⁉」
オレは目が覚めた。
ベッドから飛び出したオレを追いかけるように男がこっちに来ているのが気配で分かったけれど、オレには後ろを振り返る余裕なんてなかった。
何せ目が覚めたらびっくりするほど綺麗な天使の描かれた天井が見えて、その周りをこれでもかってくらい薄い布がふわふわ舞っていて……
寝かされていたベッドはとにかく広くて、きっとオレの家がすっぽり入るんじゃ……なんて考えを起こさせる程度にはだだっ広かった。
下に敷いてあるシーツも、もうその手触りだけでオレの人生の中で触れたことのないような上質なものだってわかったし、天蓋を支えている支柱のキラキラした金色の細工は美術館にあってもおかしくない。
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