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赫砂の失楽園 47
目の前に広がるのは滑らかで極彩色の絨毯と、連れていかれたホテルのスイートなんか目じゃないくらい広い空間……じゃなくて部屋で、オレがすっぽり入るんじゃって思うくらいの大きな壺やどうやってくつろいだらいいのかわからないソファーが置かれている。
白亜と言う言葉がふさわしい汚れ一つない室内に怯んだけれど、それでも足を止めずに光の差し込む窓の方へと駆け出した。
実際にそこは窓ではなくて外廊下に面した出入口だったのだけれど、そんなことはどうでもよかった。
「あ ……っ」
まず感じたのは熱気だ。
明らかに生まれ育った場所とは違う熱い日差しと、けれど空気は乾燥していてさらりとしている。
眼下に遥か広がる白い建物は瓦様式のものではなくて、白い土壁のように見えた。
そして、更にその向こう、視界の届く彼方まで続く豪奢な赤い砂の海原に……
「さば く ?」
驚きよりも胸を打たれて立ちすくむ。
夕日を浴びたわけでもないのに、太陽の光を浴びて赤い輝きを放つそこはルビーを敷き詰めているんだと言われても納得してしまいそうな輝きを持っている。
あの男の目と同じ色だ……と思った時、背後から柔らかな布をかけられた。
糸自体も細く柔らかだったが独特な織り方のためか羽を被ったかのように感じる。
「ここの日差しはきつい、ハジメの白い肌ではすぐに焼けてしまう」
布に覆われた部分はひんやりと感じるほど、この場の太陽の熱は強いようだった。
そして太陽の日差し同様に風も強くて、思わずよろめくオレを男が背後から抱きしめる。
「……」
「ようこそ、ルチャザへ」
「ルチャ……」
口の中で繰り返した国名は教科書では馴染がないものだ。
けれど、オレはその国をよく知っている。
「…………なんで、 」
「砂の国だからだ」
大人しく腕の中にいるオレに気をよくしたのか、男は上機嫌の声音で答えて頭に口づけてきた。
「なん、 由来とか、じゃ、なくて……」
きつい日差しがチカチカと目に入るたびにめまいを起こしそうな気になる。
本当に聞きたい言葉がさっさと口から出なくて、焦れるように男の腕の中から暴れて飛び出した。
「ハジメ?」
「お、オレっ……なんでっこん……こんなとこに⁉」
混乱した頭で幾ら記憶を手繰っても、車に一緒に乗ったあの瞬間までしか記憶を見つけることができない。
この男に無理やり店から連れ出されて、それから車に乗せられて……車が走り出して……
キスを受け入れたのはわかる。
それ以降の記憶はさっぱりだ。
男の顔と砂漠を何度見比べても答えはオレの中にないのは明白だった。
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