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赫砂の失楽園 49

「君はベータじゃない」  男がそう言うと本当にオレのバース性がβじゃなくなったかのように感じる。  けれどそれはそう思うだけで本当に性別が変わったわけじゃない。  人の上に立つαでもないし、愛玩されるΩでもない。  オレはただの、βだ。 「ハジメ様のお言葉が正しいようですよ」  二人の間にするりと入り込んできた声にさっと視線を向けた。  男もそうだったようで、オレと男の二つの視線を受けて声の持ち主は一瞬歩調を緩める。 「ブラン……何を言う」 「改めてハジメ様の身辺調査をいたしました」 「は⁉」  丸い眼鏡の奥にある灰色と青色の瞳がこちらを見据えてきた。  猫のオッドアイなら見たことはあったけれど、人のオッドアイを見るのは初めてだ。  ぶしつけだとは十分理解してはいたが、初対面だと言うのについ顔をじっと見つめてしまった。  年は……男と大差ない。  灰色の髪とオッドアイと、それから髪をしっかりと整えてあることと少し瘦せているせいか几帳面に見える。   「ハジメ様、お初にお目にかかります。ブラン・アドリアン・バロワにございます」 「ブラン さん  ですか……」  きちんと自己紹介されたためか、こちらの名前は聞き取ることができた。  ブランが誰だかはわからなかったが、少なくともこの男と親しいのはわかる。  その上で、言動だけ見ればオレの味方のような気がしたから、思わずそちらに近寄ろうと足を踏み出した。 「そうなんです!オレのバース性は   っ」  ぐいっと腰を引き寄せられて、床につかなくなった足の爪先が空を蹴る。 「何すんだ!」 「他の男に近寄ることは許さない」  固い声はそれが絶対だと物語るようだ。 「アルノリト殿下、その方はベータですので無駄な気遣いですよ」 「…………何を言う」  低く威嚇するような声を出したアルノリト?は、堰を切ったようにこの国の言葉で叫び始める。  初めて会った時のような単語ではない流暢すぎる言葉は、オレにとっては聞き取ることも難しいほどだ。  低い声がまくしたてるようにブランに向けて言葉を吐き出すのを、抱えられたオレはただ見つめることしかできない。  ブランも何か言い返しているようだったが、アルノリトよりは冷静に喋っているためかいくつかの単語は聞き取ることができた。  「β」「Ω」「malsamaj(違う)」「destino(運命)」「ĉi tiu persono(この人)」……繰り返されるのは「malsamaj(違う)」の言葉で、その度にオッドアイの瞳がこちらをちらちらと見るから、なんとなく話の内容はオレのバース性がβであってΩではないと言い合っているんじゃないかと思った。

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