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赫砂の失楽園 50
ブランに頑張れ!と視線だけで応援を送る。
こちらの様子を窺ってくれるブランならば、オレの視線の意味をしっかりと受け取ってくれるだろう。
「 ────っ ───っ! ───っ」
聞きなれない言葉の羅列が弾けるような音を伴うから、思わず耳を塞ぎたくなってしまって、それをこらえるためにぎゅっと拳を作って身を縮めた。
何か恐ろしいことがあった時に身を固くするのは大人になっても変わらないんだと、どこか冷めた脳の部分で感心する。
「アルノリト殿下! ハジメ様が怖がっています!」
「 ───っ⁉ ……ハジメ……すまない、怖がらせるつもりじゃなかった。私はただ、君への愛を証明したかっただけで……」
さっとこちらを向いたアルノリトの表情は焦ってはいたが怒りは含んではいなくて、先ほどまでの怒鳴り合いでの感情をオレには見せてこない。
「とにかく……放してくれ」
「駄目だ。王の番は常に傍らに侍らなければならない、民に恒常の愛を示すのは義務だ」
その堅苦しく、同時に押しつけがましい言葉に不快感を覚えなかったわけじゃなかったけれど、この男にそれを説いて聞かせるのは一朝一夕では無理だと本能が告げる。
弟たちがそうだった。
とんでもないことを言い出すが、それを真正面から諫めれば事態は泥沼化していく。
自分の中の常識と他人の中の常識のすり合わせができずに、また相手との熱量のさにも気づかずに周りが見えなくなって、自分の意見が唯一だと言う態度をオレは弟たちで幾度も見てきているのだ。
「じゃあ排便中も傍にいると言うことか?」
「 ぁ……いや、そ、 それは……」
「オレが小便に行きたいと言えば傍らでソレを見たいんだな?」
もちろん見たいと言われたら全力で突っぱねただろうけど、こう言うのはおどおどとした方が負ける。
腹にしっかりと力を入れ、全力を持ってアルノリトを睨み上げた。
「つまり、お前はオレから人間としての尊厳を奪い、畜生以下の監視下生活を送らせて、それが愛だから仕方がないと言い切るんだな?」
「ハ、ハジメ……私はそんなことは……」
「言った」
低く腹から出した声で短く告げると、アルノリトはぐっと言葉を飲み込んだ。
何か言葉を探しているようだったけれど、オレの言葉があまりにも赤裸々な生活の部分だったせいか言葉を探しあぐねているようだった。
「排尿も排便も、例え病に倒れて死ぬことになろうとも、お前はオレを傍に置いて見世物にすると言ったんだ。アルファの番なのだからその役目を果たさせるために」
「番と共に……いるのは……」
「個人的な時間もなく、衆人環視の目の中ですべてをさらけ出されて顔を伏せることも許されないまま、お前が愛しているからと言う理由だけでオレを隣に立たせる気なんだな?」
「あ、いして、いる のでは、いけないのか?」
「愛?」
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