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赫砂の失楽園 51

 この国の物事は愛から語られることが多い。  なぜなら愛からすべては始まった と、国教であるモナスート教の聖典が言っているからだ。    反吐が出る。  愛があればすべてが許されているとばかりに、愛だけで生活力もないのに子供を作り、愛を広めるからと子供たちを放置し、愛があれば相手はすべてを受け入れてすべてを赦されると思っている。  反吐が出て、反吐が出て、反吐が出て……  放り出された子供たちがどれだけ親の存在に縋りたかったか、どれだけ生きるのに必死だったか考えもしない。  なぜなら、そこに愛があるから!  それさえあれば腹が膨れて生活に困ることはなくて幸せに生きていける。  そんなわけないのに!   「愛なんかいるものか!」 「ハジメ⁉」 「オレはあんたなんか愛してない!」  叫んだ声は髪をかき混ぜる風の音をかき消すほど大きい。  喉がひりついて痛みを訴えたけれどそんなことはどうでもいい話だった。 「私たちは……愛し合っただろう?君も受け入れてくれた」 「違う!あんたはただの客の一人だし、愛し合っているように思えたならそれは営業だったからだ!」 「っ⁉ 仕事だと言うならどうして金を受け取らなかった?あの朝、用意した金に手を付けないまま君は帰ってしまったじゃないか!」  叫び返されてくっと言葉が喉に詰まる。  あのホテルでの一夜を終えた後、アルノリトはオレを独り置いて行った。  独り残されたあの時の空虚感を思い出すと落ち着かない気分になってくるから、あえて首を振って頭から追い出すようにする。 「あんなでかい荷物持って帰れるわけないだろ!」 「……白地小切手も置いてあっただろう?」 「しろ……?」  もしかしてあの時テーブルに置いてあったメモのようなものがそうだったのかもしれない。  あの時に足を踏み出してテーブルに近づいていればそれを確認できたのかもしれない と考えたところで、もう今更な話だった。 「好きな金額を書き込めるようにしてる小切手だ。……それも、現金も、君は受け取らなかったじゃないか。それが私が客ではないと言う証じゃないのか?」  アルノリトが物事をいいように受け取りすぎて言葉を失った。    オレがアルノリトを受け入れたのは金が必要だったからだし、金を持っていかなかったのはあんなジェラルミンケースを何個も持てないからだ。   「君は私を赦し、受け入れ、夜を分かち合っただろう?あれは愛ではないのか?」 「リップサービスに何を本気になってるんだよ!ばっかじゃねーの!」  伸ばされた手から逃げるように身を捩り、手すりへとしがみつく。  

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