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赫砂の失楽園 52
「売りをやってる人間の、口先だけの言葉なんで信じんなよ!」
散々叫んだからか口の中が干上がりそうだ。
耳元で吹く風のせいで頭の中はわぁわぁうるさいし、見慣れない景色のせいでくらくらしてくる。
全然経験したことのない空気に晒されて、体中から水分が抜けて行きそうだった。
「君の言葉なら、なんだって信じる」
そう言うとアルノリトはオレの前へと進み出て片膝をつく。
まるで愛を誓う動作にも似ているために、オレは飛び上がりそうなくらい動揺してさらに手すりへとしがみついた。
犬に吠えたてられて怯えるようなオレを見かねたのか、ブランがさっと傍に来てアルノリトよりも低くなるように両膝をついて頭を下げる。
その態度が、この国でのアルノリトの立場を表現しているのだと思うと、手すりを握る手にますます力が籠ってしまう。
オレが今反抗しているこの男は、ぎっしり金の詰まったカバンを幾つも用意することができ、警察を動かすこともなく道を封鎖し、人を海外にまで勝手に連れてくることができる人物なんだ と、震えそうな思いで息を飲んだ。
「じゃあ、オレがベータだって言葉を信じろよ!」
「それは無理だ」
さらりと返された言葉は先ほどの言葉をあっさりと翻すもので……ダブスタもここまでくるくるとされると呆れて言葉が出なくなる。
ブランがぽかんとした顔をしていたがオレも同様に同じ顔をしていたのだと思う。
「何言ってんだこいつ」と言う言葉がお互いの視線から読み取れる。
なのにアルノリトは自信満々に顔を上げて、文句はないだろうと言いたげだった。
時代錯誤な鉄格子を見つめながら、オレは豪奢な絨毯を重ねてその上にこれでもかと言うほどの量のクッションを積み上げたところに転がっている。
傍らには、テレビでしか見たことがないような足つきの皿に果物をはじめとした食べ物が並べられ、その横で小さな子供が恭しくお茶を淹れてくれていた。
「どぞ」と差し出されたカップを受け取るが、触れるのも怖いほど薄いし精巧な細工が施されていて、思わずそっとポットの傍に置く。
「おちゃ どぞ、 ?trinki……drink」
「わ、わかるよ、わかる。大丈夫……Ĉu vi estas bone ?」
泣きそうな顔で飲むように勧められてしまうと、飲まないわけにはいかない。
仕方なくそろりとお茶に口をつけると、ミントではない清涼感のある甘い香りが口内に広がった。
「いい、です」
泣きそうな顔がニコニコとした表情に変わればほっとしてしまう。
お兄ちゃんの癖だなと思いつつも、小さな子が笑ってくれるのは嬉しかった。
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