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赫砂の失楽園 53
特にこんな状況じゃあ……と辺りを見渡した。
オレの身の回りこそ絨毯や刺繍のされたクッションで色とりどりだったが、それ以外は灰色の岩づくりの牢屋だ。
空気自体がからっとしていたからか想像よりはじめじめしてはいないが、それでも地下にあるせいかどこかじっとりとした冷やかさがある。
つまり、オレは牢屋の中だ。
もっとも、床は絨毯でふかふかだし、クッションがあるから座るのも寝るのも苦労はないし、食べ物は常に新鮮なものが提供されて、お付きまでいるのだから収監とは一体なんだ⁉な状態である。
とは言え、オレはこんなところでお茶を呑気に飲んではいられない、この国に来るまでにどれだけの時間がかかったのか、目覚めるのにどれくらいの時間が必要だったのか……
オレが帰らなくて弟たちが心配しているんじゃないかと思うと、いても立ってもいられない。
「なぁ、ここから出してくれよ」
「のー……だ、め?です」
この小さな少年は時折違う言葉を混ぜることはあるものの、日本語でコミュニケーションを取ってくれるのはありがたい話だった。
「……どうしても?」
「ど……? だめです」
ポットをふるふると覚えたように頭を振られてしまうと、これ以上は何も言えない。
それにこの子……名前はエマだったはず。エマはオレに付き添って牢屋に一緒に入ってくれているのだから、オレから強くは言い出せなかった。
「ハジメ様、ご不便はございませんか?」
地上へと続く石造りの階段からかつかつと音が聞こえてブランが姿を見せるやそう尋ねてくる。
不便かどうかはさておき、すくなくとも居心地は牢屋ではありえないくらいに心地いい。
だからと言って、オレをここに監禁している事実は変わらず……
「ここから出して欲しいんですけど」
「……もうしわけございません」
うなだれたブランは目も合わさないまま心底申し訳なさそうにして、胸の前で組んだ指をくるくると回している。
「その……アルノリト殿下は次期国王ですので……」
名前の最後に国名が入っていたからそうではないかと思ってはいたが、あの男は王族で……しかも第一継承者なのだと言う。
あんなダブスタがトップになってこの国は大丈夫なのだろうかと思いもしたが、そんなことオレには関係のない話だと頭から追い払った。
「だからなんだよ、オレはあいつに誘拐されたんだぞ。謝罪されこそすれこんなところに入れられる筋合いはない!」
「それはごもっともなのですが……」
ブランの目がつつー……とオレの爪先を見ているのに気付いて、気まずくなって思わずそこを手で押さえてしまう。
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