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赫砂の失楽園 55

「あ……」  ぱく と口は動いたが言葉が出ない。 「存在しないハジメ様の刑は秘密裏に行われます。夜になりましたら私がお迎えに参りますので……」  冷ややかな目が言葉を失ったオレの背後に滑る。  その先にあるのは踏むのをためらうほど豪奢な絨毯と山と積まれた柔らかなクッション、そして食べきれないほどのお菓子や果物……  豪華すぎるそれは歓迎のためのものではなく、死者への手向けだ。 「それまでご堪能ください。足りないものがあればエマに伝えていただければ可能な限りご用意いたします」 「……っ …………あ、あいつは?」 「アルノリト殿下のことは敬称をもってお呼びください」  当然のことだとわかっているのに、ブランの静かな言葉に素直に従うことができなかった。  むっと唇を引き結んでみせると、ほんのわずかに憐憫の感情を増してそれ以上オレの言葉遣いに口出しをすることはない。  それは暗にもう顔を見ることはない……と言っているのか……? 「それではゆっくりとお休みください」  ブランの足はためらいを見せることなんか一切なく、オレに背を向けた途端さっさと石階段を上って行ってしまう。  残されたのは死刑囚であるオレと、その世話役のエマだけだ。  しかも、オレの首が切られると言うのに、エマの方が真っ青な顔をしておろおろとうろたえて今にも倒れてしまいそうだった。 「あー……」  小さな子供になんて話を聞かせてしまったんだって、慌てて「大丈夫」「平気」「気にしないで」って慰める言葉を並べようとしたけれど、うまく言葉がまとまらなかったし、噛んで噛んで言葉は言葉にならなかった。  はるかに小さな子の顔を見て、落ち着いたかと思ったけれどそうでもないようだ。  ぶるぶる震える手は全然言うことを聞いてくれなかった。  とん とん と背中を叩くと、健やかな寝息が聞こえてくる。  エマが立てるその呼吸が弟たちのもののように思えて、悔しさにぎゅっと奥歯を噛み締めた。  最初は気丈にオレの世話を焼いて、牢の外に行っては新しいお菓子を持ってきて並べ立てたりしていたけれど、だんだんと日が落ちたのか肌がひやりとした感覚を拾うようになるととうとう泣き出してしまった。 「ったく、何を考えてこんな小さな子にこんなことをさせてるんだか」  日本とは基準が違うのは百も承知だったけれど、この扱いはあんまりだ。  今後、この子の人生に影を落とさなければいいのだけれど……  軽く目を細めて見ると、この子はΩだと言うことがわかる。  きっと、王国で保護されている子だろう。  

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