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赫砂の失楽園 56

 オレがルチャザ国を知っている理由は二つだ。  一つは国教であるモナスート教を両親が熱心に信仰していたから。  ずいぶん前に起こったモナスート教の一部の分派が行ったΩのシェルターに対するテロ行為のせいで、世界からのモナスート教の心証は地に落ちて……それを回復させるのが使命だと信じてオレの両親は様々なところに布教活動に出向いている。  つまりオレの不幸の原因を国教としている国だから知っていた。  それからもう一つ。  この国ではΩが丁重に扱われる。  なぜならモナスート教に基づいて国王のαの妻には必ずΩが迎え入れられていたからだ。  繁殖のための性、  人でありながらヒートのある動物、  人を惑わす淫乱、  それから……傾国の悪魔、  それ以外に何と呼ばれていたか……?  様々に言われているΩが国のトップに並ぶことができると言うのは日本人のオレからしたら驚きだった。  そう言った事情から、この国で生まれたΩは生まれた時から丁重に扱われて本人の意思を尊重された上で王宮預かりとなって、大事に育てられるのだと聞く。  このエマも、きっとそうなのだろう。   「……お前は、幸せに暮らしてるんだな」  お茶を淹れる、食べ物を持ってくる、そんな雑用を行ってはいてもエマの手はまったく荒れてはおらず、重労働を行っているようには見えない。  頬もきちんとものを食べているのがわかるくらいぷにぷにしていて、子供なのにちょっとシャープな肆乃の顔とは全然違う。  受け答えを聞いても、この年で母国語の他に英語や日本語をわずかでも話せるのだから、教育だってしっかりと受けているんだろう。  額にかかる髪を軽く払ってやると、もぞもぞと子供らしい動きで寝返りを打つ。 「…………オレ達兄弟と、何が違うんだろうな」  何 と言ってしまえば、もうそれは性別が違うと言ってしまって間違いはないのはわかっている。  モナスート教の親から生まれたβが悪いのか、  日本でβに生まれたのが幸いだったのか、  エマが日本に生まれていたらまともな教育を受けることができなかったかもしれない、偏見や差別にあってこんなに健やかな寝顔を見せてはくれなかっただろう。 「逆にオレがこの国に生まれたとしてー……」  結局はどうにもならなかっただろう。  オレはどっちにしろβなのだから、この国でも特別な扱いにはならない。 「オレは……」  最後まで誰の特別にもなれなかったのかと、口に出そうとして出すことができなかった。  エマの首から下げられた鍵をそっと取り外す。  それは抱っこして寝かした良伍を下ろすより簡単だった。

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