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赫砂の失楽園 57
「ごめんな、帰らなきゃいけないんだ」
こんなことをしてこの子が叱られやしないかと思いもしたが、それでも脳裏に弟たちの顔が浮かぶ。
突然オレが帰らなくなってどれほど心配をしているのか……流弐がしっかりと引っ張って行ってくれるだろうことはわかってはいても、泣いてはいないかと思うとわめき出したい気分だった。
「とりあえず……」
ここを出てオレが誘拐されたんだって証明できたら……
牢の隙間から手を出して鍵を差し込む。
オレが欲しいものをいつでも取りに行けるようにとエマが持っていた鍵は、心配していたようなエマじゃないと使えないようにされている特殊キーとかそう言ったこともなく、ただ鍵穴に差し込んで回せないいだけのものだった。
牢屋のものにしては装飾が凝っているなとは思うけれど、それだけの古びた単純な鍵。
錠の部分もきっと同じように古い単純なもののようで……
「……これは、オレが侮られてるのか?」
鍵の管理と言い古臭さと言い、もしかしたら針金で開けれてしまうかもしれないような場所に放り込まれた身としてはそんなことを思ってしまう。
戸を開ける時にわずかに蝶番がキィと軋んだがそれだけだ。
石造りの床は素足でそろりと歩けば音を響かせないから、そのまま息を殺して階段を上がっていく。
扉なんてないし通気もよかったはずなのに階段の上に出るとすっと肺の中に空気が入ってくるような気がする。
静まり返ったそこは月明りと白亜の壁のおかげか真っ暗闇ではなく、ほんのりと透明感のある薄青い空間だった。
「……」
見張りすらいないのか……と怒り出したくなったが、秘密裏に処刑するのだと言っていたのだから人払いくらいしてあるんだろう。
それが逆にオレには好都合で……
深海にいる気分にさせる薄暗闇の中、ぎゅっと目を眇めて見る。
「…………」
さらさらと光が動く。
その中からエマの残り香を見つけ出して……そっとそちらに向かって歩き出した。
ここが……王宮だとして、さすがに掃除が行き届いているのだと目を細めながら思う、だから余計なフェロモンを見ずに済む。
エマがオレのためにと食べ物を取りに行く先は……まさか警備員の詰め所と言うことはないだろう。
食べ物は台所?キッチン?から持ってくるものだ。
そしてそう言うところは外とアクセスしやすい場所にあるはず……
ひやりと感じる床がふわふわとするような感覚に襲われながら、それでも集中してそこを目指す。
色とりどりの色彩のおかげで目の前がチカチカして、目の奥がキリキリと痛む。
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