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赫砂の失楽園 64

「reĝo」  赤髪がぽつんと漏らした言葉の意味が分からず緩く首を振る。 「reĝo」 「reĝo」  穏やかな微笑みを向けながら残りの二人にも言われたけれど、やっぱり言葉の意味が分からずに曖昧な表情を返す。 「reĝo」  呼びながら手招きされて、それがオレの呼び名なんだと理解する。  そう言えば庇ってもらったにもかかわらず名前の一つも聞いていなかったのだと、「ハジメ」と自己紹介した。  三人は馴染まない異国の名前を口の中で繰り返すと、それぞれの名前を教えてくれる。  金髪はクイスマ、赤髪はカイ、くすんだ砂色の金髪はシモンと名乗った。   「reĝo」  名前を告げたと言うのに三人はまだオレをそう呼ぶ。  ルチャザ国ならではの愛称みたいなものだろうかと思うしかない。  三人はにこにこと嬉しそうだし、オレはそれをやめてくれと言える立場ではないし、幾ら翻訳できるとは言えその言葉を伝えることができる気がしなかった。 「あの オレ、家に帰りたくて  あー……」  携帯電話を受け取り、先ほどの言葉を打ち込むと三人は怪訝そうな顔をして、掌を下に向けて押すようなしぐさをする。  そのジェスチャーが、オレの家はここだろうと言っているのは明らかだった。  首を振って、「兄弟のいる家に帰る」と続けて打ち込む。  三人は目を見合わせて、困惑を隠せない表情で首を傾げてくる。  それはアルバイトに出かけようとするオレを止める弟たちの表情とそっくりだ。 「  オレ、帰る」  ごくごくシンプルな言葉は、オレが携帯電話に打ち込む前にカイの手によって止められて緩く握り込まれてしまった。  振り払ってもう一度打ち込もうとしたオレを置いて、カイは残りの二人に何事かを告げる。  幾つかの会話を繰り返して……言葉はわからなかったけれど反対する二人をカイが説得してくれているように感じた。  カイの言葉に二人は納得できないのがはっきりとわかる顔で、シモンに至っては涙目だ。  昨日出会ったばかりの人間にどうしてそこまでできるのか、なぜ知り合ったばかりのオレを引き留めようとするのか、訳のわからないままオレにできるのは三人の言い合いを見守るだけだった。 「reĝo」  とうとう焦れたのかシモンはオレにしがみついてふるふると首を懸命に振る。  水に濡れて透明感の増した髪が跳ねて、頬に雫が跳ねた。  懇願する様子は弟がオレにおねだりする時の表情に似ていて、胸の奥に鈍い痛みを起こさせる。 「ごめん オレ……」  シモンの行為はさらに弟達への思いを募らせるだけだった。

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