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赫砂の失楽園 65
「『いつまでここにいる?』」
シモンの問いかけにぶるぶると首を振って答える。
オレが望むのは今すぐ家に帰ることだ。
「オレは、いますぐ帰る」
そうはっきりと告げて三人を見つめ返した。
三人の立場がこの王宮でどう言ったものかはオレにはわからなかったけれど、少なくとも人にかしずかれて一言二言言えばすべての準備を整えてもらえるくらいの立場にいるようだった。
頭を下げた侍従らしき人がオレを見て驚いたように声を上げたけれど、それもひと睨みで黙らせてしまう。
これが、Ωを貴ぶこの国だからなのか、それとも王族の伴侶としての立場がそうさせるのか……
少なくとも王太子が連れてきた……もしくは死刑囚をどうにかしてしまえるだけの権力があるのは確かなようだ。
「私がご案内いたします」
はっきりと聞き取れる日本語を話しながら項垂れるようにして立つ姿は見たことのある灰色の髪だった。
ブランかとはっと身構えるも、上げた顔はブランよりも幾分か幼い。
けれど灰色の髪も、灰色と青色のオッドアイもそのままだ。
……いや、目の色が左右違うし、眼鏡もかけていない。
ここまで似ていて赤の他人と言うことはないだろうと、思わず警戒するような目を向けると、ピクリとも表情を動かさないままにオレの前へと進み出る。
「こちらへ」
「あ その 」
「アルノリト王太子殿下とのことは伺っております」
「……」
話を聞いている と言われればますます警戒せざるを得ない。
不安になって三人の方に振り返ってみるが、事情を知らないからかキョトンとしたままだ。
思わず首元を手でこすると、動かなかった表情が微かに笑みを浮かべたような気がした。
「ご希望は叶えられます」
「あ……」
ほっとして首から手を下ろしてそろりと一歩踏み出す。
言葉のままを信じたわけではなかったけれど、眇めた目で見た感覚では嘘を言っているわけではなさそうだったから……
「……突然のことで驚かれたでしょう?」
ブランよりもわかりと言うのに、物腰だけで言うならこちらの方がずいぶんと落ち着いているようだった。
「ええ、まぁ……えっと……」
「申し遅れました。私はホンザ・アーネスト・バロワと申します」
足を止め、「日本では頭を下げるのでしたね」と言ってオレに向けて腰を曲げて礼をする。
「あ……いえ、あの……顔を上げてください」
ホンザが頭を垂れることに違和感を覚えるのは、その礼が慇懃なほどかしこまったものだったからか、礼に慣れていない人間の礼だったかは定かではなかった。
けれど、どことなく収まりが悪い感じがしてもじ……と身をゆする。
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