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赫砂の失楽園 66

「アルノリト王太子殿下の凶行、表立って王宮からの謝罪を行うわけにはいきませんので、私が代わりまして謝罪申し上げます」  深く頭を下げる姿は日本でもなかなか見ないほどの最敬礼だった。 「あ、ぇ、いいえ、オレを攫ってきたのはアルノリトだから」 「かつて、この国の婚姻形式は略奪婚でしたので、今でもその慣習が色濃く残っているのです」  略奪婚……と口の中で繰り返して、戦で勝鬨を上げた将軍率いる軍人たちが褒美とばかりに美姫達を脇に抱えて凱旋するイメージが浮かぶ。  あいつの中ではそのイメージだったのかと思うと、どっと疲れが出てくる。  王太子である自分が攫えば誰でも彼でもしっぽを振って喜ぶと思っているのか? 「とは言え、現代ではその習慣も薄れておりますので、それを言い訳にするにはいささか問題がありますね」 「そう ですね」  気まずく返事をしながら、促されるままに足を進めていく。 「あの、オレを帰らせて大丈夫なんですか? オレは……」  次期国王であるアルノリトに手……と言うか足を出した大罪人なんだから。 「そちらの話も終えております。この現代でそんな野蛮な略奪婚がことが行われるはずがありません。ですのでこの略奪婚自体がなかったと言うのに、そこで王太子が結婚に振られて蹴りつけられる、なんてことは起こるはずがないんです」  ここでホンザは意味を含ませたような顔で笑う。 「とは言え、王宮預かりのままではハジメ様は落ち着かないし信用もできないでしょうから、身柄はモナスート教の小教皇の私が預かることとなりました。……何か質問や希望がございましたら、私にお申し付けください」 「モナスート……」  自分が無罪になったんだってわかって嬉しかったのに、「モナスート教……」と口の呟けば、あっと言う間に気持ちは沈んでしまう。  この宗教自体が悪いのではないと理解はしているのだけれど、それでもその宗教のために辛酸を舐めて生きてきた人間としてはもろ手を挙げてどうこうはできなかった。 「ハジメ様のご両親はモナスートの信徒でいらっしゃるそうですね」 「……はい」  案内の間の軽い会話のつもりで話しかけてくれたのだろうけど、オレとしては蹴りつけてでも止めたい題材だ。 「日本はかつてあんな事件も起こされましたのに、それでもこうして信じてくださる方がいるのですから、慈悲深い国ですね」  どこが と出そうになった言葉は口を引き結んで答えなかった。  ただ胸中でモナスート教への罵詈雑言ばかりを並べ立てる。

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