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赫砂の失楽園 67
「ただいま準備を行っておりますので、こちらでしばしお待ちください。お茶を持って参りますね」
「……はい」
すぐに帰ることができるとは思わなかったけれど、こうして待つ時間が増えるとどうにも焦燥感で落ち着かなくなる。
一人押し込められた部屋は広いと言うのにどこか息苦しくて、首元をさすりながら辺りを見回した。
部屋には応接セットと暖炉、それから観葉植物と壁に絵がかけられているだけのシンプルな内装だ。
先ほどまで見ていた豪奢で贅の限りを尽くしたと言いたげな世界からは程遠い空間で、その落差にそわそわと座ってられずに絵画の前へ行く。
芸術なんてさっぱりわからないけれども、その大きな絵画が宗教画であることは理解できた。
対になる存在の描かれた、モナスート教のものだ。
互いが互いを補い合うために存在するその姿はたびたびαとΩに例えられて、ゆえにモナスート教ではこの二つの性を特に貴ぶ。
けれどそれだけだ。
世の中にはそれ以外の性は必要ないとでも言いたげな傾向に、オレはいつも鼻白んでしまう。
ここに描かれた美しい対の神々も、結局はお互いしか目に入っていないのだと思うと、神と言う立場はどこに立つべきものなのかわからなくなってくる。
崇めればいいのか、
貴べばいいの、
庇護されればいいのか、
恐れればいいのか……
「────気になりますか?」
「え?」
振り返るとホンザがティーセットを持って入ってくるところだった。
オレが絵画に見入っているとでも思ったのか……
「いえ、……こうやって絵を眺めることもなかったので」
「こちらは無名の画家のものですが……」
その絵画を見上げるホンザの横顔は尊いものを見る目だ。
きっとオレには一生わかることはない、神を敬う目だと思った。
こんな不確かで救いの手を差し伸べてくれない神を見ると言うのは、どう言った気分なのか尋ねてみたい気もするが……
「よく二神様のことを表現できていると思います」
「対 は、生と死でしたか」
「生と死、男女や空と地、それからすべての事象を表します、世のすべては対になり、その対こそすべてなのです」
そして、対の間にあるものこそ愛なのだと。
馬鹿馬鹿しいと言えばいいのか、それとも感銘を受ければいいのか……絵に描かれた対の神はもちろん返事はしなかった。
ホンザはお茶をティーカップに注ぐと、「もうしばらくお待ちください」と言いおいて部屋を出ていく。
テーブルの上に置かれたティーカップは美しいものだったが、入れられたお茶の匂いを嗅いで口をつけずに距離を取った。
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