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赫砂の失楽園 68

 花の匂いと言ってしまえばそれまでなのだけれど、日本暮らしのオレにとっては馴染まない匂いだった。  この国ではポピュラーなものかもしれなかったし、もてなしなのだろうけれど慣れないハーブティーのようで口をつける気にはなれない。 「……はぁ」  室温は高くないはずなのに息苦しい。  喉元をさすっていて、オレはふと感じたこの部屋の違和にぐるりと辺りを見回した。  シンプルな、客を待たせておくための洋室だ。  今までのルチャザ国の様式からは外れるのだろうけれど……と、四方を見て違和感の正体に気がついた。  窓がない。  一切の隙の無い閉鎖空間だ。 「は?」  そんな部屋初めてだった。  まるで逃げるのを阻止するための、拘束に使われる部屋のようで……  居心地悪く椅子に座り直す。  部屋に必ず窓が必要かと問われればそうじゃないのはわかってはいる、けれどこの状況で放り込まれた先がここだと言うのが問題で。  一度逃げ出した身としてはなんとも言えない気分になってくる。  一面にドア、その向かいに絵画、そして暖炉と何もないそっけない壁。 「……」  ふと立ち上がって暖炉に近づく。  こんなしっかりした造りの暖炉なんて初めて見たが、それでもこの暖炉がおかしいことだけははっきりとわかる。  ここは、砂漠の国だ。  夜は夜で冷え込むだろうが、こんな密閉空間においてこんな立派な暖炉があること自体がおかしい。  ここが客室であるのならまた話は変わってくるかもしれなかったが、それでもこのちぐはぐさを拭いきれないでいる。  一度気づいてしまった奇妙さは、オレに辺りを慎重に見まわせと告げているようで、思わずぐっと目に力を入れて眇め見る。 「ぅ、あ……」  カップに残されたホンザのフェロモンにめまいを覚えて椅子に倒れ込むようにして腰を下ろす。  刺々しい、これは明らかな悪意だ。  表面上はどうであれ、ホンザがオレに好意を持っていないのは確かなようだった。  きつい、馴染まない花の香りに顔をしかめて立ち上がる。  壁に沿ってぐるりと部屋の中を巡り……  なんの案も出ないまま、一巡り、二巡りする。  窓から出ていくこともできないこの部屋では唯一入ってきたドアだけが出入口だ、映画のように天井に点検口でもないものかと思うも、それすらない綺麗な天井が広がるばかりだった。  策がないまま、ぽかんと天井を見上げる。 「なんで……こんなことになってんだ」  口から洩れた言葉はもう何度目かわからない言葉だった。  オレが自ら望んでここに来たわけでもないしなりたいと願ったわけでもない、なのにここでまた悪意に晒されて……  

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