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赫砂の失楽園 69
喚き出して、オレに向かって愛を囁いたあの顔をもう一度蹴り飛ばしてやりたい気分でぐっと目を閉じる。
ふつふつとした怒りは視野を曇らせる。
泣いても、喚いても、嘆いても、自分がどうにかしない限りは誰も助けてはくれないんだと、身をもって理解しているから……
深呼吸を繰り返して、最後の頼みの綱とばかりに目を眇めて周りを見回す。
「……」
手入れが行き届いているせいか残っているフェロモンは多くない。
けれどそのどれもが奇妙な動きをしていることに気がついた。
残されたフェロモンは、どれもオレの目の前をそれて暖炉の方へと向かっている。
「なんでだ?」
普段使われない応接間だとしても、いやだからこそこの部屋の暖炉にそこまで需要があるとは思えなかった。
試しにそこを覗き込んで……
「綺麗だな」
それなりの煤や汚れ、炭や燃えた後が残ってしかるべきはずのそこには何もない。
別に探偵気取りをするわけではないけれど、人がこれだけ立ち寄っているのがわかる暖炉なのに使用された痕跡がないのは明らかにおかしいことじゃないんだろうか?
少し覗き込んで……けれど普通の暖炉とどう違うのか、暖炉を見たのが初めてのオレにはさっぱりわからない。
そろり と慎重に暖炉の中へと身を乗り出してみる。
中はレンガ造りで少しひやりとしていて、やはり物が燃えた気配と言うか臭いがしない。
指先で探るようにしながら、「隠し通路とかないかな」と自分を励ますために呟いた時だった。
ざりっとした感触と共にわずかに暖炉の奥の壁がずれて……
「隠し通路だ!」
思わずはしゃいだ声を上げてしまい、慌てて口を押えて辺りの気配を窺う。
幸いにも、この部屋に見張りもいなければ傍に人がいることもないようだ。
ほっと胸を撫で下ろして、奥の壁をぐっぐっと力を込めて押してやると、そこがじりじりと動いて扉状に開いていく。
奥は真っ暗だ。
元の部屋に戻って調べてみるけれど、シンプルな部屋なだけにそこに懐中電灯なんて気の利いたものなんかはなかった。
仕方なくそこに戻って暖炉の奥にできた道にそっと進んでみる。
後ろを振り返って戸を戻してしまうと辺りは真っ暗で、立ち上がれはできるけれども細くて圧迫感のある壁のせいで飲んだ息の音さえ大きく聞こえる世界だった。
ざり とした感触から、ここは土をくりぬいて作られていて、舗装されているわけではないと言うこともわかる。
幅は自分が正面を向いて歩けるか、もしくは少し横になりながらじゃないといけないくらい。
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