656 / 714
赫砂の失楽園 70
何のための場所なんだと考えてみるも、心当たりはあまり多くない。
抜け道か、避難路か。
もしくは諜報活動のため、か。
どちらにせよ、あれだけこの暖炉の前にフェロモンが残っていたのだからこの通路が生きているのは間違いない。
「……」
迷ったのは一瞬だった。
あのお茶がなんのお茶かはわからなかったけれど、そこにまとわりつく悪意はバイト先でレイプドラッグを入れられた飲み物と同じだ。
何かが入れられている。
そこにいるよりも少しでも逃げた方がいいと、オレは暗い中を眇めるようにして見つめた。
迷路のようだ……と思った。
オレがこうしてフェロモンを見ることができなかったら、もうそれだけでこの暗闇の中をぐるぐると……それこそ一生彷徨う羽目になったんじゃないかってくらいだ。
外と違ってじっとりとした空気の漂うそこは、土の臭いでむせ返りそうだった。
そろそろと注意深く進んだ先には左右に分岐も多くて、その度に立ち止まって目を眇める。
「くそっ」
弟たちが使っていたら咎めるような言葉を零して、目を押さえてうずくまった。
さすがに限界だ。
昨日からろくに物を食べていないと言うのもあるし、ここまで連続して目を使おうとするのも初めてだ。
ぎりぎりと目の奥が痛んで考えがまとまってくれず、とりあえず少し体を休めようと背中をつける。
ひやりとした冷気と湿気がじわじわと沁み込んでくるようで、気にしないようにしていた心細さにぎゅっと膝を握った。
右も左も真っ暗闇で、土が白っぽいからかほんのり明るいかのように感じるけれど、それが逆に静まり返った暗闇を強調してしまっていて落ち着かない。
「はぁ……」
もう、どうしてこうなったかって考えるのは飽き飽きだった。
いくら考えてもこの事態になった原因は変わらないし、異国でオレが独り膝を抱えていることも変わらない。
でもどうしてもその理不尽さに歯を食いしばりたくなってくる。
「いや、こんなんで弱気になってどうするんだ」
目頭を押さえて滲みそうになった涙を無理やり引っ込めるように力を込めた。
こんなことぐらいで泣いてどうする と。
どうしても金がなくて、兄弟で一緒に暮らしたくて身を売ろうと決めた時も泣かなかった。
最初は人の見わけもうまくなくて、訳の分からないおっさんに好きなようにされて、説教されて、金を投げつけられたって我慢できた。
だから、これくらいどうってことない。
立ち上がって尻の汚れを払う。
そう、自分が何とかしなきゃどうにもならない。
ともだちにシェアしよう!