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赫砂の失楽園 72

「そん そんなこと、させるわけがないだろ! 君は私の番だぞ!」 「またそれかよっ」  叫び出しながら辺りを見回して逃げることができないか退路を探す。  暖炉の抜け道はアルノリトに知られてしまった以上道もわからないから使えないし、部屋の扉はアルノリトの向こうだ。 「……君の気が落ち着くまで……別室で休んでいると聞いていた」 「別室? 牢屋の居心地はよかったよ!」  吐き捨てるように言うが、この国に来て一番居心地のよかったのは牢かもしれないと思うと、なんとも複雑な気分だった。 「牢⁉」  その大げさぶりは……演技なのか、素なのか。  眇めて見ても、フェロモンの大きな揺らぎだけしか見えないと言うことは、初耳だと信じてもいいのか……   「ハジメ、……怪我は……?」  そろりと尋ねてくる声音は怯えを含んでいるようだった。  まるで大切な宝物に傷がついていないか確認するかのような、柔らかな感触を伴う問いかけに緩く首を振って返す。 「ハジメ」  柔らかく、甘えを含ませた声でアルノリトはオレの名前を呼ぶと、いつかのようにオレの前に膝をついて請うように服の裾に触れてくる。 「ハジメ、会いたかった」 「そ、そんな話してないだろ! 今っオレが……っどんな目に遭ったか  っ」  服の裾に口づけ、不安そうな目で「触れたい」と零す。  肉厚で官能的な唇から洩れるその言葉は、幾度となくオレに許可を願ったそれだった。  あえて思い出さないように努めていたこの男との時間の記憶が、閉じ込めた心の奥底から急に膨れ上がってきそうになって慌てて手で払って更に逃げるように角へと背中をつける。 「ダメだ!」 「君に触れないと、干からびて死んでしまうよ?」 「 し     」  「死んでしまえ」と返したかったが、命が危うかった自分自身のことを考えるとそんな簡単に口に出すことができず、引き結んだ唇を噛むことでぐっとこらえた。 「ハジメ、触れることに許可を」 「許可 ……なんて、最初からとってなかっただろ!」 「だってそれは、ハジメが熟れた蜜の匂いをさせているから」 「っ⁉」  思わずばっと体を庇うように抱きしめると、アルノリトは小さく苦笑を零しながらドン と壁に手をついた。  逃げようとするも反対側にも腕があって……追い詰められる形でオレは角に閉じ込められてしまう。 「ハジメのいい匂いはここからだよ」  そう言うと大きな体が頭を垂れて……  首筋に触れる前にチュッとリップ音が鳴る。 「  っ」  髪の一筋も触れていないと言うのに、どうしてだか丸裸にされた時よりも恥ずかしい。

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