664 / 714
赫砂の失楽園 78
「はは!」
楽しそうな笑い声をあげるから、ばつが悪い気分でもそもそと体を起こした。
そんなに笑われるような返事だっただろうか?
けれど、脱げ落ちる冠を端からかぶっていないと言うことは、何をしても許されるからじゃないのか……と思ってしまうのは当然の話だと思う。
「ハジメ」
アルノリトは朗々とした声でオレの名を呼び……
そして……
「ア、アルノリト⁉」
額づくように体を伏してオレの爪先に口づける。
柔らかな唇が足の小指に触れて、それだけでも卒倒しそうだと言うのに次は薬指……と順に指を移動していく。
「な、な、な、なに、何をっ 何を っ」
「ルチャザの王は頭を垂れる。唯一の伴侶である番に対して」
「ぁっ な、 そん、な、のはっ……っ」
「ゆえにルチャザの王は冠を持たないのだ」
ちゅ と親指にまで口づけて、アルノリトは名残惜しそうに体を起こした。
「ハジメ、愛しているんだ」
真摯にこちらを見つめ返してくるアルノリトに嘘はないんだろう。
どうしてだか、それだけは十分にわかる。
この男はオレを謀ることはないし、裏切ることもないだろう。
ただただ真っ直ぐにオレにすべてを投げ出してくれることはわかっている。
「そうか……」
だからこそ、返せない言葉もあって……
アルノリトは懇願するように何かを待ちわびた表情で見ているけれど、振り切るようにして絡まった視線を外して乱れたままになっていた服を直してごまかした。
「ハジ 」
「ここ、この部屋って 何?」
甘い色を含んだ声を遮るために出した声は思ったよりも固いものだ。
アルノリトは少し怯んだような感情を滲ませてから、オレの視線に沿うようにぐるりと部屋を見渡す。
「ここは、城にある小部屋だ」
「……」
正直、その説明ならばしてもらう必要はない。
極々シンプルな部屋だった。
応接室らしきあの部屋よりもはるかに小さくて、壁は四方に囲まれて同じように窓はない。
ただこちらの壁には何の絵画もかけられていないどころか家具らしきものもなく、唯一の暖炉が飾り気と言った様子で、絨毯も間に合わせのように薄く安っぽく無柄のものが敷かれているだけだった。
城の部屋 と言うのだとしたら、内向きの倉庫か何かの際に使うような物置か……そんなところだろう。
決して王族が立ち入ることのないような雑用のためにある部屋。
「……」
ちらり とアルノリトに視線を戻すと、真っ黒いタイトな洋服だ。
ひらひらとした白いトーブに似た服ではないだけに、その姿はまるで今からどこかに忍び込みに行こうとしているかのように見える。
ともだちにシェアしよう!