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赫砂の失楽園 84
何千年もこの地で根付いてきた国を守るための術を捨てることはできないだろう。
……今ほど、Ωでなかったことを恨んだことはない。
つまり、オレはどうあがこうとβで子供なんて産めないんだから、アルノリトの……国王の伴侶の資格すらないと言うことだ。
「オレは、最初から日本に帰りたいと言っている」
そう言うとブランはほっとした顔をしてみせて……次の瞬間ざぁっと血の気を引かせた。
「オレの番はハジメのみだ。ハジメが私の伴侶とならないのならば王位は継がぬ」
「アルノリト殿下⁉」
「そもそも、今回、ハジメを娶ることが王位継承の条件としていたはずだ。それを反故にされてなぜまだ私が王になろうとしていると思うのだ」
「あ……あぁ……っ」
アルノリトはわざとらしく呆れた溜息を吐いて、見下げるようにブランに忌々しそうな視線を投げる。
その視線に当たって、ブランは萎れるように膝をついてしまう。
「ア、アルノリト殿下っ!それだけはっ!お願いでございます!王には殿下以外のお子様はおらず、このままでは王家の血筋が 」
「では伯父上を連れてくるといい」
「あの方はッ!……番を見つけることのできなかった方です。……それに断種されております」
「精管吻合術があるだろう」
「殿下っ!」
「日本には遺伝子を見てマッチングをしてくれるシステムが使われ始めたらしい。それで運命を見つければ、どうだ⁉伯父上でも王になれる!」
「そんなことできるわけないでしょうっ!そんなことで戻ってこれるような『しでかし』ではなかったのはご存じでしょう!」
「だが王家の血は守られるぞ。もともと伯父の方が継承順位は上だったのだから!むしろ私よりも彼の方が正当だ!」
怒鳴りつけるように言ったアルノリトの声が響いて消えると、辺りはしんと静まり返った。
耳が痛くなるような静寂が、どれだけの音量で怒鳴り合っていたかを告げているかのようだった。
オレは、傍で聞いていることしかできなかったけれど、それでも……アルノリトはこのままでは王になれず、そうなると何か問題のあるアルノリトの伯父を連れてこなくてはならなくなるのだ と言うことは理解できている。
そして解決方法も。
「オレは王の伴侶にならない」
はっきりと口に出した言葉は怒鳴ったせいで息を荒げていたアルノリトの呼吸を止めるのには十分だったようだ。
ひぃ と奇妙な声を喉で出し、アルノリトはかっと目を見開くとオレへと詰め寄ってくる。
大きなアルノリトに覆いかぶさられるようにされると怖いと思ったけれど、それでも告げるべき言葉がある。
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