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赫砂の失楽園 85

「オレの意見は最初から変わらないよ」  例えどんなに気を惹かれても、  例えどんなに顔を見れて嬉しくても、  例え抱き合ったならば、これ以上ないってくらい幸せなのだと思えても。  オレの意見は最初からのままだ。 「ハジメ?私は……君と、心が通じ合っているのだと思っていた。君といれば人生でもっとも幸福だ。君と抱き合えばすべてが満たされて万能になった気さえする、そんな君が私の番でなくて誰が番になる⁉」 「……アルノリトの、本当の運命の番がなるんだ」  ぽつんと返したオレにアルノリトは酷くショックを受けたようで、さっと顔色を赤く変えて怒りを隠しもしないままのしかかるようにオレを抱きしめてくる。 「私の伴侶は君だ」 「違う」 「君しかいない」 「違う」 「君だから、あの時私は君を求めてあそこまで行ったんだ」  耳元で囁かれると、まだ熱を忘れ切っていない体が引きずられるようにじわじわとぬくもりを取り戻すようで、慌てて耳を押さえて首を振った。 「そんなの知らない!」 「君の香りを求めて辿り着いたんだ」 「わからない!」 「君の香りは極上で、これ以上ないほど芳醇だ。目が回りそうに甘くて、香しくて、好ましい」  追いかけるように頬を包まれ、至近距離で深紅の瞳に覗き込まれれば……腰が砕けてオレのちっぽけな理性なんかあっと言う間にへし折られてしまいそうになる。   「アルノリト殿下っ!」  悲鳴のように上がったブランの声に、はっと我を取り戻してジタバタと身を捩って腕の中から抜け出すも、よろけてへたり込んでしまった。  一瞬前までアルノリトが触れていたところが空気に触れてうら寂しくて、今にも泣き出してしまいそうな気分になる。  離れがたい と思うのは、βのオレが感じるべきことじゃないんだろう。  なのに…… 「私の腕の中に戻ってきて欲しい」  そう言うとアルノリトは膝をついてオレに向けて頭を垂れた。  着替えると言うアルノリトに、私室に引きずり込まれようとしたのをなんとかブランが押し留めてくれて、オレは今部屋の前の廊下で立ち尽くしている。  目の前には青い顔色が戻らないブランが項垂れたままだ。 「……このようなところで申し訳ございません、王族の私室は同じ王族か伴侶、身支度のための侍従以外の人間は入ることができず……」 「いえ……その、気にしないです」  別にオレは待たされるのも立っているのも苦じゃない質だから、ブランが申し訳なさそうにすることに意味を感じなかった。  それよりも何としてでも自分の我を通そうとするアルノリトの方に問題があるんじゃないかと思えてならない。

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