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赫砂の失楽園 86

 オレは伴侶だから部屋に入れると、ここでも押し問答をする姿は子供が駄々をこねているようにしか見えない。 「……あの時、オレを牢屋に入れてどうしたかったんですか?」 「ああ……あれは……」  そう言うとブランはさっと辺りを窺ってから首を緩く振った。 「そのままの意味です」  と言いつつも、目に浮かぶ表情はそうじゃない。  怪訝に思いながらぎゅっと目を眇めて辺りを見回して……  向こうの角にわずかに色がついていることに気がついた。  つまり、誰か、いる。 「……そうですか」  わずかにそちらに視線をやると、ブランは顔を見ているオレでしかわからないように微妙に表情を変えて返事をしてきた。  ここでその話をすると誰かに聞かれている可能性がある と?  思わず「なんだそれ」と口に出そうになったのを寸でで堪える。  その出来事はオレにとって本やドラマの中の世界のようなことが日常茶飯事に行われている世界なんだと、改めて感じさせる話だった。 「……弟達は……大丈夫なんですか?アルノリト……殿下、がこっちに連れてくるって」 「はい……」  ブランはすぐに返事を返してくれたけれどその言葉はどこか歯切れが悪い。  それがオレの置かれている状況をはっきりと物語っていて……  一刻も早く弟達とこの国を離れて、元の生活に戻らなければ と言う思いがふつりと沸き起こる。 「あの、オレ達はすぐに日本に帰りたいんですが」 「それに関しましては、手続きだけならばすぐにでも」  そう言ってブランはガラスの向こうの瞳を豪奢な扉の向こうへと向けた。   「アルノリト殿下はオレが説得します」  どう言ったら、アルノリトがオレを諦めてくれるかはわからないけれど。  ブランはオレの言葉に申し訳なさそうな顔をして顔を伏せ、「よろしくお願いします」と向ける場所をなくしたような声で答えてくれた。   「いえ……ブランさんの気持ちと言うか、考えがわからないでもないんです。国の上に行くに従って我儘を言える自由なんてなくなることぐらい」  もっとも、国の下の方のオレに自由があるなんて思いもしないけれど。 「申し訳ありません……けれど、王族の血統を絶やすわけにはいかないのです」 「ええ」  ふと気にかかったことがあった。  誰かが盗み聞きしているのは承知だが、自国のことなので尋ねても構わないだろう。 「アルノリト殿下の伯父に当たる方は、どうされたんですか?先ほどの話だと本来ならその方が王位を継がれるはずだったと」 「  っ」  ざわ とブランの気配が変わったことに思わずたじろいだ。  

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