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赫砂の失楽園 87
尋ねてはいけない話だったんだと思っても、もう口から出てしまった言葉は取り消しができない。
「アルノリト殿下の……国王の兄君である方は……申し訳ないがお名前を口にすることができないのです、ご了承ください」
「……」
こくんと頷いたオレにほっとした顔をして、ブランは続ける。
「その方は本来なら王位を継がれる方ではありましたが番を見つけることができないままでした。その為に今は王籍を抜けられております」
先ほど二人が言い争った時に聞いた情報と大差ない内容だ。
今後の混乱を避けるためか……それとも、更に他に理由があったのかもしれないけれど断種まで施されたと言っていたから、この国の王が番を娶ることの重要性は自然とわかってくる。
「アルノリト殿下は特にルチャザ王族の血が濃く出てらっしゃいます、ゆえに国民の期待も大きく……」
「わかってます」
遮るように言うオレにブランは申し訳なさそうな顔をした。
「オレはこの国から出ていきたいだけです。だから、そのことを周知していただけませんか? オレだけならともかく、弟達にまで何かをするならオレは何をしてでも復讐しますよ」
「それは……そんなことは起こらないことを誓います」
「ホンザ・アーネスト・バロワさん、ご存じですよね」
「っ!お、弟……です」
はっとこちらを見るオッドアイの瞳は同様に揺れている。
同じ兄としての立場を持つ者として、物騒な話をしている最中に自分の弟の名前を出されたとしてどう思うだろうか?
ブランの心中を推し量りながら、そろりと言葉を選ぶ。
「モナスート教の小教皇とお聞きしました」
「……はい、あの子は……幼い時から特に熱心で……」
オレを見て無事でよかったと言った言葉は忘れてはいない。
「熱心なら、人に薬を盛ってもいいと?」
「くす っそ、そんなことをする子ではっ……」
公人としての素顔を剥がして声を荒げた姿は良き兄の姿だった。
オレだって、弟達が法に触れるようなことをしたと匂わされたらまず庇うだろう。
だからと言ってお茶に何かを混ぜられていたことは揺るがない。
オレが気づいたからよかったものの、何もわからないままホンザの言葉を信じてあの部屋で待ち続けていたら、今頃はどうなっていただろうか?
「もうっそんなことはさせな「当たり前です」
自分でも思った以上に冷たい声だった。
「理解してください。オレはアルノリト殿下の番にはならないし、何事もなく日本に返してくれるならそれでいい」
なぜだか胸の内がひやりとしているような、そんな心持だった。
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