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赫砂の失楽園 89
この男の提案を受け入れれば、金はあるだろうし、相談には乗ってもらえるだろうし、怖い思いももうしうないのかもしれない。
弟には十分な勉強時間や部活に打ち込める時間をとってやることもできるし、妹には今どきのオシャレを楽しませてやれるだろう。
バイトがあるからできなかった友人との放課後時間を堪能させてあげられるだろうし、流行に追いつけずに入れなかった女の子の輪にも入れるようになるだろう。
もう、貧乏とさげすまれなくても済むし、客に説教をされることもないだろう。
オレ達を馬鹿にしていた奴らを見返したいと言えば、どんなことでもしてもらえるだろう地位。
「相変わらずいい景色だな」
テラスから身を乗り出して、王宮の前の緩くカーブを描きながら続く道に目を凝らす。
その白く整えられた道は、赤い砂漠に消えていくかのように見える。
「やっぱり、赤だよな」
カイ達のいた宮殿から見た砂漠は美しい色をしていたが砂色で、砂漠らしい雰囲気だった。
けれどオレが今見ている先にあるのは、ルビーやガーネットと言った赤い宝石を砕いて作ったかのような赤い砂漠だ。
アルノリトと同じ色のその砂漠は、どうしてだか胸を締め付ける。
懐かしいとは違うのだけれど、寂寥感に打たれてつい黙りこくったまま風になぶられるままになる。
「ショールをかぶって」
そう言ってアルノリトはオレを柔らかな生地で包み込んだ。
そうするとまるで巣穴の中のヒナにでもなった気がして、ぎゅっとされることにも布に埋もれることにも気持ちよさを感じてしまう。
けれど、それではいけない。
「放せ」
「そう言わず。見てごらん、あちらの方に見えるのがわかるかな?」
「?……海」
砂漠に と言われると不思議な気がして、尋ね返す声は小さい。
「そう、あちらの山から水が流れて、あの海に流れ込んでいる。malvarma vazoと呼ばれる湾に流れ込んでいる」
「砂漠に、川?が流れているのか?」
「ああ、あの山からの水分量は多くてな、一年中絶えることのない水量が確保されているし、海では山の栄養分を豊富に含んだ海産物も取れるぞ」
砂漠なのに?の言葉は飲み込むことにした。
「砂漠ではあるが、古くからこの国は恵まれていた。もちろんそれを狙う者どもの多くはいたが、我が国の、我が祖先達が身命を賭して守り抜いてくれた」
「……」
「誇りある戦士たちが守り通してきた国だ」
光が砂漠に当たって乱反射して、視界は深紅に燃えているかのような錯覚を覚えそうになるほどなのに、どうしてだか心は凪いでいる。
「それは、アルファの指導力があってのことだろう?」
αは群れのリーダーをこなすのには最適の資質を持つ。
何千年と続いてきたこの国で、その能力に特化したαが王となり続けていたのだから……国は落ち着くだろう。
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