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赫砂の失楽園 98

 一瞬、アルノリトから放たれたひやりとした気配はオレですら息を飲むようなものだった。  とっさに見上げた先にあるのは……けれど穏やかそうに見える横顔で、オレは感じたものとのギャップにめまいを感じた気がした。 「ハジメは私の番だ。誰にもそれは覆せない」 「は⁉もう一度言うぞ⁉兄貴はβでΩじゃない!αとΩみたいに番になることはできないんだって!」 「そんなことはない」  叫んだ自分の言葉を静かに否定されて、流弐はたたらを踏むように言葉を詰まらせてオレにさっと視線を向ける。  兄弟じゃなくてもわかるような「なんとか言ってやれよ!」の言葉に、こくこくと頷き返す。  アルノリトがどうしてここまで確信を持ってオレを番だと言い切るのか、その自信がどこから来るのかさっぱりわからなかったがオレがβだと言う事実だけは揺るがない。  生まれた時の検査でもそうだったし、フェロモンの匂いがするなんてことも言われたことがない。  Ωらしい可愛らしさも持ち合わせてもいない。  なんなら目を眇めてフェロモンを確認する癖があるせいか、目つきは鋭くて可愛げがない自覚がある。  そんなオレを、どうしてここまで盲目的に番だと言い張るのか……  何か裏があるのかもしれないと心配するのも無理からぬ話だ。 「アルノリト、オレは  「ハジメは私の番だし、唯一無二だ。無論、君達の兄だと言うのは重々にわかって入る話だが彼は私の妻だ」  妻 の言葉にさすがに飛び上がりそうになった。  いつのい居間にそこまで話が飛んだのかわからない。  オレは承知した記憶もないし、承知する予定もないと言うのに…… 「そん  そんなことっ急に言われて納得できるわけないだろ⁉兄貴にだって生活はあるし、俺達だって……急にそんなこと……っ……そ、それにっあんたには他に番はいないのか⁉」 「私に他に番はいない、父の番も母だけだった。確かにこの国には一夫多妻制があるし、幾らでも囲うことはできるだろう」  は っと鼻白むように笑いを零したアルノリトの感情を、オレはどう言い表せばいいのかわからない。  どろりとしたそれは完全なる負の感情で、何かに対して苛立っているようだった。 「後から運命だからって、他の人を連れてきたらどうするんだ!」 「ハジメが運命だと言うのに、これ以上運命が現れるものか」 「そん  そんな保障……ないだろ」  大前提であるオレの性別を間違えて話している流弐とアルノリトの会話は嚙み合わない。  堂々巡りの泥沼のような言い争いに飽きたのか、肆乃が参希にこそこそと耳打ちしている。  

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