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赫砂の失楽園 99

 肆乃に耳打ちされて参希は言い争いをしている流弐に声をかけづらいと思ったのか、横の流弐ではなくオレに向けてジェスチャーで目の前の菓子を食べていいかと尋ねてくる。    なるほど、目の前にはオレ達が見たこともないような量の甘そうなお菓子や飲み物が並べられていて、参希や肆乃の目はキラキラとしていた。  こんな光景は今じゃないときっと遭遇することもないんだろうなって思って、頷いて返す。  肆乃ははっとして嬉しそうに笑うと、キラキラとした金色の薄衣もまとわせてある果物にそろりと手を伸ばして……  華奢な細工もののように見えるそれを手に取った瞬間、それに気づいた流弐が肆乃の手を勢いよく叩いた。  バシンって音はしたけれど、それよりも驚いた肆乃の顔の方が衝撃だった。  兄弟げんかをすることはあっても手を上げるなんてことは絶対にしてこなかっただけに、流弐の行動にぽかんと口が開く。 「おにいちゃ  っ」  叩かれた理由がわからない肆乃はじわじわと目の縁に涙を滲ませながら、小さくごめんなさいと呟いた。 「流弐⁉」 「っ……いい加減にしろよ!」  怒りからか体を震わせて流弐が怒鳴りつけたのはオレだった。 「な なに……」 「何呆けてんだよ!あんなに注意して生きてきただろっ!」  アルノリトをどう説得しようかと言うことばかりに気を取られていたせいで、流弐の言っている言葉の意味がさっぱり分からない。  自分で考えなければならないはずなのに、オレはとっさに隣のアルノリトに視線を向けて…… 「おいしい話なんてあるわけないだろ!」  オレの視線の移動を遮るかのような鋭い声にしんと辺りが静まり返る。 「兄貴っ……しっかりしてくれよ……これを見て、肆乃に食べさせようとするなんてっ!」  そう言うと流弐は嫌悪感を感じているとでも言いたげな目でテーブルの上のお菓子を眺め……鼻に皺を寄せた表情でオレを睨んだ。  次男で、我が強い流弐はオレがいない時にはオレの代わりにしっかり弟達の面倒を見てくれて、頼りにして……性格はきつい方だと思うけれど注意で怒鳴りつけることはあってもそれだけだった。  憎々し気な表情なんてするような子じゃなくて……  オレは気圧されながらそろりと目を眇めてテーブルに遣った。 「……っ」  それは、悪意だ。  飲み物に、お菓子に、果物に、  絡まるように漂うそれは誰かが故意に、食べ物に触れて何かを施した証拠だった。  それが何かまでははっきりとはしなかったけれど、でも一つだけ言えるのはそれを口に入れた場合……何かよくないことが起こる。  

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