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赫砂の失楽園 102

 王位を継ぐ条件が運命の番との婚姻なのだとしたら、アルノリトの伯父はその条件を満たせなかったことになる。 「故に、運命を見つけた父が王位を継いだ。だが、正当な王は伯父とする者達もいるのだ」 「……」 「今は会えずとも、いずれ運命に出会うのだから、正当な後継者である伯父を国王に据えるべきだ と」 「……」  安易な意見は言うべきではないと、オレはアルノリトの言葉を遮らないように慎重に頷いて、時に投げかけるような視線を向けて続きを促す。 「ホンザは、その伯父を王に据えるべきだとする派の中でも過激派なのだ」  だから、最初オレに毒を盛ろうとしたのか? 「ホンザが目の敵にするのは私だけだと高を括っていた私の失態だ。許して欲しい」 「アルノリト……だけ?」 「出会った時に朦朧としていただろう、あれは伯父上派の人間に盛られていたようなのだ」 「は⁉」 「なんとか逃げ出し、あそこで力尽きたのだ。そこでハジメに出会えたのはまさに運命だと思ったが……今考えると、運命がいるからこそ追い詰められて本能であそこまで行ったんじゃないかと思うよ。生き物は生命の危機に子孫を残そうとするからね」  能面のような表情を崩したアルノリトは疲れ果てているようだった。 「そん……幾ら伯父がいるからって毒を盛るなんて……」 「殺すまでも行かない程度の毒物だ。一番波風が立たないのは自主的にオレに王位の放棄をさせることだから。まさか小教皇が絡んでいるとは思わなかったがな」  アルノリトはそう言って自嘲気味に笑っては見せたが、その姿はいつもの不遜なαらしい鳴りを潜めていて、傷ついた一人の人間だ。  この国が宗教と密接にかかわっていると言うのは理解しているつもりだったが、その密接な中ですら生かす殺すの話が出るのだと思うとぞっとした。 「まぁ今思うと、ハジメに出会えたのだからいい出来事だった」  自嘲を含んだ言葉に、何を言っているんだ……と思わず睨みつけると、男らしい端整な顔がくしゃりと歪んだ。 「  ──── 対よ、我が対よ、幾歳、幾星霜を潜りあなたの元へたどり着いたこの哀れな蝶にひと匙の潤いを与えてはくれないだろうか?」 「……?」 「君が日に焼かれる時は私が葉になり君を覆う、雨が降れば器となって君を満たす、風が吹けば覆いかぶさり、雷にはこの身を打たせよう。 ────君を、守るためならば、私は二神一対の我らが神が与えたもうた困難を甘んじて受け続けよう。私の願うは君の平穏、君の安寧、君の願い、私の身はすべて君のためにある。どうか覚えていておくれ、例え月に、太陽に私の欠片を見つけても、それが君の笑顔と引き換えなのだとしたら、それはきっと至上の宝なのだから」 

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