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赫砂の失楽園 104
さらさらと風に揺れる月と同じ色の髪と、伏せられたままの砂漠と同じ色の瞳。
「ありがとう、アルノリト」
最後に頬に口づけだけをして、後ろを振り返らずに飛行機へと乗り込んだ。
アレがほんの一瞬の夢だったとしてもオレは納得しただろう。
けれど、店長が「何があったの?」と尋ねてくれたから砂漠の国であったことが夢なんかじゃないんだって、ぼんやりとわかった。
あっと言う間に日本に帰ってきたことに、良伍は何もわかっていないままだったし参希は遊園地にでも行った と言うような反応で、肆乃は少し不安定な様子もあったけれどそれも数日で落ち着いたようだ。
ただ、流弐はあの時からむっつりと黙りこくって、いつも通りとは程遠かった。
一度、巻き込んでごめんと謝罪してはみたけれど、「そう言うんじゃないから」と言うそっけない返事を返されただけで何も改善はしないままで……
薄玻璃のグラスを拭きながら店長がぽつんと漏らす。
「珍しく長く休みを取るからびっくりしたよ」
何がどうしてバイト先に連絡できたのか、店長はオレが休みの電話をかけてきた……と言った。
「声がちょっとおかしかったから風邪でもこじらせたんじゃあって心配してたんだ」
そう言う店長を見返して、オレの心配よりも詐欺に合わないか自分の心配をするべきだと言うかどうか少しだけ悩む。
「あー……バカンス、ですかね」
「旅行?いいね」
「あ、旅行と言うより……絶叫マシーンに乗った感じで 」
「?? アトラクション?遊園地?」
「……って言うか、むしろ……夢、の、中……ですかね」
ぽつり とあの数日のことをなぞるように呟いたけれど、店長はますます謎が深まったぞと言わんばかりの顔で首を傾げている。
でもオレもなんて説明したらいいのかわからなくて、ましてや言葉にするのもどうしていいのかわからなかった。
「蜃気楼に巻き込まれた みたいな、ですかね」
最終的にはあはは と笑ってごまかして、もうそれ以上の言葉は紡がなかった。
口に出せば出すほど、あの濃密な数日間が薄まってしまいそうで……
ただの不審者だと思っていたアルノリトとのやり取りが、オレの中で思いのほか光る砂粒のようにさらさらと残っていることに気がついた。
αの番になれるとも思えないし、
王族の生活に馴染めるとも思えない、
けれどアルノリトに愛を囁かれたあの時間を思い出しては、ぎゅっと胸を締め付けられるのだからあの時間はオレの中で大事だったんだろう。
「……まぁ、もう二度とごめんですけどね」
「?……あれだよね、結局我が家が一番だよね」
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