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赫砂の失楽園 106
どうして匂いが消えるのか?
どうしてこれを渡したのか?
どうして、アルノリトはオレを手放せたのか?
「……愛、なんて、 」
それですべてが解決できたら世の中はもっと平和なはずなんだ と思わず呻き声が漏れた。
オレの日常は変わらなかった。
弟達の面倒を見て、そして学校に行き、バイトに明け暮れる。
まとまった金があったとしても、これから弟達にかかる金はどんどん増えるのだから油断はできなかった。
できるだけ使わないに越したことはない。
「顔色悪くない?」
「え……」
店長の尋ねに、店内の照明のせいだろうと言う言葉が浮かんだけれどもすぐにかき消した。
それなら今更な話だったから……
でも、店長が心配しているようなことは一切なくて、むしろ正直体調はすこぶるよかった。
いざと言う時に使えるまとまった金があると言うのはそれだけで心の支えになったし、睡眠を削るような無理をしてまでバイトをしなくていいおかげでたっぷり眠れている。
「どうする?必要なら兄貴に病院の予約入れてもらうけど」
そう言いながら携帯電話を取り出す店長は、兄が弟の頼りを断らないと確信しているのが丸わかりだった。
店長のお兄さんが医者なのは何度かこの店に来た際に知っていたけれど、それでも病院の予約を気軽にお願いできるような間柄ではないから丁重に断った。
「そう?優先で診てもらえるようにするけど」
「いやいや、体調は悪くないんですよ」
そんなに心配してもらうようなことは微塵も感じなくて、携帯電話を持ったまままごまごしている店長に苦笑を返すしかできない。
オレはどこも悪くない。
……の、はずなのに、バイトから帰った途端どうしてだか流弐に睨みつけられて戸惑った。
「体調悪いのに何やってんだよ」
「な、なに 」
弟だけあってオレと同じように切れ長な……と言うか、鋭い目つきに睨みつけられると見慣れているのに立ちすくんでしまいたくなる。
「はぁー」
まるでくだらないものでも見たと言いたげな溜息を吐いて視線を逸らし、流弐は結局「おかえり」も言わないままごそごそと布団へと戻っていく。
あれ以来ちょっと流弐とは壁ができたなって思ってはいたけれど、それでも睨まれて溜息を吐かれておしまいだなんてあんまりだ。
言葉を聞くとオレの心配をしてくれていることはわかるけれど……それでもそっけない態度は今までと違ってて、あの出来事が引っかかっているんだろうなってことを物語っていた。
開き直って怒ればいいのか、このまま申し訳なさに項垂れていればいいのか、その判断すら今のオレには難しい。
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