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赫砂の失楽園 108
「えっちょっ なに、なんで⁉」
オレ達の生活で病院関係者と知り合いになるような伝手はない。
店長のように兄が医者だ……と言うならともかく、会ったこともないような人にそんな無茶を言ったのかと思うと、弟の育て方を間違ったんじゃないかって思えてくる。
手を引かれて向かった先は、中庭を横切るようにして通された渡り廊下だ。
すれ違う人もいなくて、向かう先はどんどん人気がなくなっていく……あまりにも不審な様子にどう言うことだと流弐の手を引いて尋ねてはみたが、返事は返らない。
「も ホントにっ!オレはこれ以上好き勝手に連れまわされたくないっ!」
自分の行動を自分以外の人間が動かしている居心地の悪さは、ルチャザ国に連れていかれたあの時のことを思い出させて……力を込めて腕を振り払い、いつの間にかオレの背丈を追い抜かした流弐を見上げる。
ぐぐっと険しく眉間に皺を寄せて流弐は何かを考えているかのようだった。
「…………こっち」
「ちょ っ」
オレの言葉に答える様子もなく背中を見せられて、このまま走って帰ってやろうかと言う思いがよぎる。でも、流弐はわざわざ連絡を取ってこの時間を確保してくれたのだと思うと、流弐にも悪いし相手にも悪い。
仕方なしに歩いて行くと、エレベーターの前で一人の青年が立っているのが見えた。
雰囲気からオレ達を待っていたんじゃないかと流弐を見ると、こくんと頷き返してくれる。
その青年は医者とは言い難い年齢だ。
かろうじて病院関係者だとわかるように白衣は着ていたけれどそれだけで、首からつるした名札は白衣の胸ポケットに入っているために読み取ることはできなかった。
「連絡は貰ってます、ご案内しますね」
そう言ってエレベーターのボタンを押すと、扉が開くまでの短い時間で青年は胸ポケットから名札を出してオレ達に見えるようにしてくれる。
「阿川しずる」と書かれた名札に肩書はなく、急いで作りましたと言わんばかりの真っ白な紙に名前だけが印刷されたものだった。
「私は助手になります、先生は上の部屋でお待ちですので」
そう言いつつオレの顔を見てから視線を下げる。
挨拶の為に頭を下げた……わけではなさそうで、戸惑うことしかできない。
流弐もオレと同じだったらしく、ちょっと胡散臭いものを見るような目をして唇を引き結んでいるから、悪い目つきが更に悪くなったように見える。
「本日は採血と検尿があります」
「え⁉あのっ……そんな本格的に診てもらわなくても 」
なんでそんな大事になっているんだと、思わず大慌てで阿川のセリフを遮った。
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