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赫砂の失楽園 109
阿川はちょっと驚いたような顔をしてから、「どうしても必要なので」と申し訳なさそうに言いながらオレと流弐を見る。
「いや、オレはそんな大事じゃなくて……」
「私もそう指示を受けているだけですので」
そう言いきられてしまうと、支持を受けただけの人間にうるさく言うこともできずに黙るしかない。
流弐に文句を言おうにも音の響くエレベーター内では何か言おうとしたら阿川に筒抜けてしまう、しかも流弐はオレに文句を言われないようにさっきから目を合わせようとしないのだから始末に悪い。
何か企んでいるのだと今ならわかるけれど、そんなそぶりをちらりとも見せなかった。
昔は何かを企んでいる時は視線が特徴的に動くからよくわかっていたけれど、いつの間にかそんな癖も見せなくなって……
「こちらです」
案内されたのは重厚そうな扉で、思わず立ちすくんで阿川の顔を見た。
何を言いたいのか感じ取ったのか、阿川は軽く肩をすくめて「他に部屋がなかったんで」と適当に考えたかのような返事を返してくる。
明らかに診察室とは違う。
流弐はこちらを見ない。
どうしたらいいのかと悩んで答えを見つける前に、阿川がノックをしてさっさと中へと入ってしまった。
促されるように手で中を示されては逃げ出すこともできなくて……仕方なくそろりと部屋へと進む。
そこは明らかに診察に向いた部屋ではなくて、応接セットにその向こうに飴色のデスクと言う畏まった内装だった。
「ああ、ここまで来てもらって申し訳ないね」
デスクで何かを書きつけていた人物が立ち上がってそう声をかけてきた。
少し年配の……オレから見るとおじいさんと言ってしまうには失礼な年齢の男性だ、にこにこと笑ってはいるけれどいい笑顔のせいかどうなのか、なんとなく胡散臭い雰囲気を感じ取ってしまう。
思わず、目を眇めようとしたところを遮るように「瀬能です」と挨拶されて、慌ててこちらも頭を下げることになった。
体から血液を抜かれるとどうしてこうも不安になるのか……注射が嫌いなわけではなかったけれど、だからと言って注射をされて喜ぶわけではなかった。
「空調寒くないですか?」
「え……大丈夫です」
助手だからと言って阿川が採血するわけでもないようで、そのためかやけにこちらを気にかけてくる。
「クッション追加で……」
「いえ、いらないです」
「注射で気持ち悪くなったりしてないですか?」
「いえ、なってないです」
ずっとこんな感じで……傍でそわそわとされるせいかこちらも落ち着かなかった。
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