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赫砂の失楽園 110
「じゃあ、ひざ掛け持ってきます!」
「あのっ!……別にいいです」
ここまで手厚くされると逆に不気味すぎて、ひざ掛けを取りに行こうとした阿川に叫ぶように言う。
「あ……あ、すみません」
「阿川くん、ちょっと落ち着きなよ」
そう言うと瀬能は抜き取った血を入れた試験管を軽く振る。
「じゃあ、今のうちに問診もさせてもらおうかな」
相も変わらない胡散臭そうな笑みでオレの前に座ると、瀬能は幾つかの質問を始めた。
そこで初めて、オレは受付もしていなければ保険証も出していなくて……正規の診察手続きを何一つしていないことに気づいた。
これは、一体何を診察されているんだ?
「じゃあ、第二性はベータで間違いはないね」
「はい」
バインダーに挟まれた書類から視線を上げ、瀬能はぱちんとボールペンを鳴らす。
そう言う合図でも決めていたかのように阿川がそれに反応して先ほどの試験管を確認しにデスクの方へと向かい……
「固まっています」
と困惑した声で告げる。
固まったら何か悪いのかどうなのかすらわからない、なんの説明もなくただ検査をされるのは不安が増して……後ろに立つ流弐を振り返って、どう言うことだと尋ねた。
「兄貴……その……これは……」
「ああ、あれは第二性チェックだよ、バース性がベータかどうかの確認をしただけ」
「? オレはベータです」
「うん、でもチェックは必須事項だから」
しれっと返されるけれど、そんなこと聞いたこともなかった。
大きな手術をする際には再度検査されることがある みたいな話は聞いてはいたけれど、今回の診察がそれとは思えない。
「あのっ……申し訳ないですが診察はもういいです!そんな大げさな検査をされても費用も払えません!ですから 」
「ああ、費用は掛からないよ、新しいバース性検査を試させてもらえる条件だけれどね」
「は?新しい検査?」
訳が分からない!
「なんでそんなことがオレの了承なしに進んでいるんですか⁉そう言ったことは本人に確認をするべきことでしょう⁉」
「まぁまぁまぁ、無料で健康診断を受けるって思えば」
「こんなやり方をされて思えるはずないでしょう⁉」
「お得だよ?」
そう言って瀬能は阿川にちょいちょいと指先でデスクの上を見るように示す。
オレと話をしている最中にそんなことをされて、居心地が悪いと言うかふざけられているんじゃないかって思ってしまう。
「こちらも同様です」
阿川の固い声に瀬能はにこやかに頷いて返すと、オレに向かって「ベータですね」ってわかりきったことを告げた。
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