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赫砂の失楽園 111

「ふざけているなら、もうこれで   」 「妊娠してますね」  立ち上がりかけたオレを縫い留めたのは抑揚もなく告げられたありえない言葉だ。  「は?」と振り返った先には胡散臭い笑顔があって、慌てて見た流弐は無表情だった。 「意味が分かりません。オレはベータです」 「そうだね、二度検査させてもらったからね」 「それでどうしてそんな話になるんですか?冗談もほどほどにしてください!オレはこれで帰ります!」 「こっちは尿検査の結果だよ、妊娠ホルモンの数値が出ているの、わかるかな?」  今度は「は?」の一言すら出ない。  よくもまぁ、ここまで手の込んだ悪質ないたずらができたものだ と、流弐を振り返って睨みつけた。 「帰るっ!何を馬鹿馬鹿しい!」 「兄貴」 「流弐もこんなことしてないで  」 「兄貴っ!」  怒鳴りつけられて一瞬怯んだせいで言葉が詰まってしまう。  流弐の真摯な声はこれが冗談なんかじゃなくて、真剣な話なんだって伝えてきて…… 「自分でわからないのかよ?」 「……なん  」  眇めてオレを見る流弐の視線は苦いものを噛んだ時のような顔で、複雑な感情をそのまま映し出したかのようだ。   「最初は  その……あいつのフェロモンが残ってるだけだって思ってたんだ」 「なに 言  」 「でも何日経っても消えないし、兄貴は気づかないみたいだし」  ぎゅっと泣きそうに顔を歪めて項垂れると、流弐は叱られた子供のようだった。 「……でも、どんどん、大きくなってるし。でも……っ俺も兄貴もベータだから、そんなことありえないし!じゃあ、だからって黙っていて……あ、兄貴がま……また、あんなことして……それで、な、何かあったら  っ兄貴もっ……そ、その子、も、なんかあったらっ!」  嗚咽に言葉を途切れさせながら一気に話した流弐は、何かを吐き切ったとばかりにぐったりとへたり込んでしまう。  オレよりもずっと大きいのに、そうすると小さい頃のようで……  かける言葉を見つけられないオレは流弐の肩に手を伸ばすしかできない。 「俺は……ずっと、不安で……っ」  ぐずぐずと鼻を啜りながら流弐はせき止めていた感情を溢れさせて、コントロールが効かなくなったとばかりに言葉を吐き出す。 「兄貴 っがっ……兄貴が妊娠してたとして、じゃあどうすればいいんだよっ! またあんな……人を殺そうとするような国に行くのか⁉そんなの駄目だ!じゃあここで育てる⁉良伍の時にあれだけ大変だったのに⁉でも……っ……っだ、堕胎なんて……その子はっ……もうそこにいるのに……!」  耐え切れなくなったのか流弐はオレにしがみついた。

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