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赫砂の失楽園 113
「産むなら出産費用と高校卒業までにかかる費用はこちらで持つよ?」
ひょうひょうとした声はオレの苦悩を割く。
「 ──── は?」
「詳しい金額の算出はまた追々と言うことにして、とりあえずこの出産と育児にかかわらせてくれるならすべての費用は掛からないってことを約束できるよ?」
瀬能は胡散臭そうな笑みを大げさにしてそう言い、オレと流弐にもう一度ソファーに座るように勧めた。
「後でもう一度検査させてもらうけれど、男性型ベータが妊娠したと言うのはまず聞いたことがない話なんだ。あ、説明をしていなかったね、私はバース医をしていて研究もしている」
「……オレは、研究対象と言うことですか?」
「ああ、解剖とか改造みたいなことはしないからね。経過の観察と、身体の変化等を記録させてくれって言う話だ」
「……」
さっと流弐と視線を合わせる。
そんなうまい話があるものか……とお互いの目の中にある言葉を確認して、そのまま飲み込めばいいだけの話に首を振った。
「あの……いいお話でしょうが……」
「なんだったら謝礼も弾むよ?」
「しゃ 」
謝礼……
蓄えはあればある方がいい。
「そ……そんなに……、どうして?」
「どうしてって、そりゃ当然だろう? 今まで男型オメガは子供が産めるがベータは産めない。それが常識だったし覆ることでもなかった。オメガをオメガたらしめるのは発情期があり、そして男性でありながら妊娠できると言う特異性だ。ところが、ベータである君が妊娠したら?」
「……珍しい?」
「少なくとも私は他に例を聞いたことがない!これが性モザイクによるものなのか、それとも君の中のオメガ遺伝子によるものなのか、それともそれ等とは全く違う要因による受胎なのか」
瀬能は一気に言うとさっと辺りを見回した。
そして自分と周りとの温度差に気づいたのか、慌てて冷静を装うようにこほんとわざとらしく咳ばらいをする。
「私はバース医だと言ったけれど、重きを置いているのは研究の方でね、特に君のように珍しい例ならばこちらから頭を下げたいと思っているんだ」
にこりと胡散臭そうに笑う瀬能に……信頼はない。ないけれど……それでもオレにとっては地獄に垂らされた蜘蛛の糸のようだった。
あれほど恋しいと思っていた赤いフェロモンがくすぐるように腹の辺りに漂っている。
「オレ……オレは……」
「俺は、家族が多いのは好きだ」
「流弐……」
「って言うか、今更チビが一人増えたところでどうってことないし。金はこのおじさんが出してくれるんだろ?」
「そうだよ」
失礼な物言いをされたのに、瀬能はニコニコとしたままだ。
「でも、だからって、この子は……」
異国の王族の血を引いている。
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