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赫砂の失楽園 115
それは、子供を持とうとする人間がすべからく持つ不安なのだろうけれど……この子を亡くすと言う恐怖を抱いた時点で、オレはもう産む選択しか考えていないってことに気がついたから。
「絶対減らないから!な?」
はは とできるだけ明るく笑って歩き出そうと手を引く。
「ほら、どうした?早く帰って夕方のセールに行 ……」
それは動かない流弐を振り返った瞬間だった。
ちかりとオレとよく似たきつい目が見開いて、瞳がキラキラと光を反射する。
赤いそれは夕日を反射したような鮮やかさだったけれど、日はまだそこまで傾いてはいなくて……
──── シャン
金属のこすれ合って立てる音だと思った。
耳を塞がないといけないような不愉快なものではなくて、繊細な薄い金属を楽器のように打ち鳴らしたかのような涼し気な音だ。
「なん 」
診察受付の時間が過ぎているために人の姿はまばらだったけれどそれでも何人かはいて、その全員が外に視線を向けて口をあんぐりと開けている。
「なに ?」
誘われるように振り返ると、深紅の衣が翻って視界に広がるところだった。
光沢があって、けれど薄く軽く、なのに繊細な模様の編み込まれたそれが視界に踊って……
「「「reĝo」」」
鈴を転がしたような涼やかな声が三つ、異国の言葉を放つ。
口元を薄布で覆ってはいたけれど赤い官能的な衣装をまとってこちらに歩いてくるのは、あの時後宮らしき場所にいた三人のΩだ。
足音を立てず踊るように歩みを進める度に美しい服が翻り、身を飾り立てる金の鎖がシャラシャラと音を立てる。
まるでそこだけ合成に失敗してしまったかのように、彼らは突然舞い降りた天女のようだった。
「カイ? クイスマ? シオン?」
裸のイメージが強いせいか思わず名前を呼んで確認すると、綺麗に化粧までした彼らはニコニコと嬉しそうに笑って優雅にふわりと膝をつく。
「な、な、なにっ や、なに⁉立ち上がって!何やってんだよ⁉なんでここに⁉ あ、観光⁉観光か⁉」
「reĝo、観光、じゃない」
クイスマがくすくすと笑うように言って、オレの手をとって嬉し気に頬に当てる。
日常の中に突然入り込んだ極彩色の三人は、夏の名残に見た蜃気楼じゃないのかと慌てて目を瞬いた。
「reĝo、見て」
嬉しそうにカイが言って、繊細な飾りのたくさんついた指先が自分たちの歩いてきた方を指す。
傷一つない完璧な指先が見るようにと促した先に……白い衣が翻る。
どんな強風にも揺らがないような、そんな雰囲気を湛えて一人の男が車から降りてくるところだった。
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