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赫砂の失楽園 118
いや、実際にしがみついているんだって、アルノリトのぬくもりがしみ込んできて理解した。
全身でその存在を感じとって、そこでやっとアルノリトがここにいるんだって胸が震えるような感覚に陥る。
「 アルノリト」
キスの合間、わずかに唇が離れた時に名前を呼ぶと嬉し気に赤い目が細まる。
熱い乾いた空気とどこまでも遮るもののない空、それからどこまでも続く光り輝く赤い砂の丘の空気がどうしてだか胸を締め付けた。
ほんのわずかな間だけ滞在したはずなのに、あの国を懐かしく思えてしまう。
「なんで……なんで来たんだよ、もうあれで終わりだったんじゃないのかよ!」
「ハジメから、私以外のアルファの臭いがする」
アルノリトは相変わらずオレの言葉なんて聞きもしない。
「ハジメ、私に言うことがあるだろう?」
抱き締め合っている今の状況では、ぎゅっと体に力が入ったのが伝わってしまっているだろう。
ない と言えばアルノリトは何事もなかったかのように手を離してくれるだろうか?
また再び国に戻ってしまうんだろうか?
オレは……
「宮中の鐘は鳴った」
「?」
「もう君を傷つける者はいないと言うことだ」
どう言うことだ……と問いかける前にアルノリトの手が腹を探る。
それは人の欲を掻き立てるようなものではなく、大切な何かを見つけようとしている手つきだった。
そろそろと壊れ物に触れるように臍の下に触れて、窺うようにオレに向けて「ん?」と首を傾げる。
「オレは 」
そこまでされても、それでもやっぱりこのことをアルノリトに告げることが怖かった。
告げなければ、貧乏ではあるけれども少なくとも命を脅かされるような日常を送ることはなくて、瀬能の言葉を丸っとうまく解釈するなら、この子が生きていくに困ることはないはずだ。
オレは親として、この子を守らなくてはならない。
でも親として、この子から父親を奪ってもいいのかもわからない。
正直、Ωじゃないオレに子供がいると言われたばかりで自分自身がパニックになっている最中で、そんなことにまで頭が回らなかった。
自分の行動が人の一生を左右してしまう責任に、震え出してしまいそうだ。
「……オレは 」
視線を逸らしたのにアルノリトはイラつく様子もなく、静かに返事を待っていてくれる。
手の温度がじわじわと腹から全身に広がって、それと同時に力が抜けて行くような安堵感に覆われて……
そろりと上げた視線の先には穏やかに微笑む顔がある。
「オレ、アルノリトに言わないといけないことがあるんだ」
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