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赫砂の失楽園 121
「あそこに居を構えるのは、為政者としての理由もあるが、建国当時の王が妻に砂漠を見せるでもある。そのために高い宮殿を建てさせたのだ」
「へぇ」
砂漠はどこからでも見ることができたのだから、他のことに金を使った方がよかっただろう……と思ってしまうのは庶民の感覚なのかもしれない。
「そしてあそこには謂れがあってな?」
「謂れ?……お化けが出るとか?」
「それは他の場所だ」
「出るのかよ!」
ふふ といたずらっ子のように笑うと、アルノリトはオレを車へと誘導する。
「愛しい妻にルチャザの砂漠を見せようとした時、妻である王妃が不思議なことを言い出したそうだ」
「?」
「ここから見る砂漠はまるで宝石のように赤い と」
「! ああ!あれか。あれってなんか錯視?じゃないな、光の角度?の関係なのか?すごくキラキラしてて綺麗なのな」
あの場所から以外はすべて普通の砂色の砂漠ばかりが見渡せるのに、あのルビーを引き詰めたような砂漠が見えるのはあの部屋からだけだった。
きっと砂粒の中に入っている成分と太陽光の関係だったりするんだろうけど、あの光景は延々と見つめられるほど美しい。
「あれは、王の伴侶の資格を持つ者のみ見ることができるそうだ」
「?」
あそこに立ち入れるのは王と伴侶、その近しいものだけなのだから不思議なことではない。
「王の伴侶の資格を持つ者のみが、あそこから見る砂漠を赤いと言うのだ」
「は……はぁ⁉」
「ルチャザの王族は砂漠と月からその身の色を頂く。だいたいは砂色の髪と月色の瞳だ、ごくまれに私のような瞳の子も産まれるが……」
「じゃあ……お前は、オレが伴侶になるってわかってたってことか⁉」
「もちろん、運命だからね」
項に擦り付けるようにして鼻を近づけ、すんすんと匂いを嗅がれると全身にぶわりと汗が吹き出しそうになる。
オレは何度検査をしてもΩじゃなくて、そんなαを誘うようなフェロモンなんて出せないはずなのに、アルノリトはそこをよく嗅ぎたがった。
「んっちょ……」
「我々はなるべくして番になったのだと言うことだ」
歯型の代わりにアルノリトはちゅっと吸い付いてそこに赤い印を残す。
子供を産んだ後、Ωのように発情期が来て番えるかはわからない。
むしろ子供がきちんと育っていくのかすらわからない。
世界でも初めての事態に主治医である瀬能も興奮しているが、それ以上にオレの体がどうなるかわからないと言う不安が付きまとっているのは事実だった。
子供を産めるかもしれない。
産めないかもしれない。
死ぬかもしれない。
生き延びるかもしれない。
繰り返す不安は尽きなくて、言い出すときりがないほどだ。
けれど、愛おし気にオレを番だと真っ直ぐに見て告げるアルノリトのために、できる限りのことはやってみようと思う。
何事も、すべては愛から始まるのだから。
END.
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