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第26話 鏡の前で

祥一朗はまだ俺を抱きしめながら、優しく微笑んで言った。 「一緒に浴びようか。雪弥とならもう一度浴びても良いぞ。まだフラついてるし、心配だ。」 俺はカァっとなって、祥一朗を慌てて押し退けると、大丈夫だからとモゴモゴ言いながら浴室へ移動した。 広い浴室は、祥一朗との痴態をぼんやりと思い出して、更に熱くなってしまった。俺はあえてゴシゴシと身体を洗うとサッとシャワーを浴びて脱衣所に出た。洗面台には新しい歯ブラシが置いてあったので、ありがたく使わせてもらった。 鏡を見ながら歯磨きを始めて直ぐに、俺は気づいてしまった。身体のあちこちに残る赤い印。こ、これは多分アレだ。キスマーク?歯ブラシを咥えたまま、恐る恐る腰のタオルをめくって鏡に映る自分の身体を見て、思わず息を止めてしまった。 凄い微妙な場所に残るキスマークが、この発情期の俺と祥一朗の熱い時間を思い出させた。これは人に見られたら、俺の人生が終わるかもしれない。 今気づいたが、俺も祥一朗の身体に似たようなものを残したんじゃないだろうか。さっきはぼんやりとしていたから、祥一朗の身体をまじまじと見ていたわけじゃないけれど…。 やばい。このドキドキは発情期ではないけれど、何だか理解しちゃいけないドキドキのような気がする…。 俺は自分の頭に手をやった。この髪もどうしたものか。俺は女の様な自分の顔を曝け出すのが好きじゃなかったから、結構長めの髪だ。ギリギリ縛れるかもしれない。小さい頃から元々黒髪にメッシュの様に筋状に銀髪が混ざっていた。 染めてるのかと良く聞かれるので面倒でそうだと返事をしてるので、元々の地毛がそうだなんて知ってるのは家族ぐらいなもんだろう。それがどうだ。今は全部キラキラの銀髪だ。 俺はこの髪が銀色になった時の事を何となく覚えてるんだ。俺はあの時今とは別人の様な感情を持ってた気がする。今の自分が側に立ってもう一人の自分を口を開けて見ていたような…。 あの時俺、何か喋ってたよな?…俺は人間を喰らう猛獣、俺が食うのは、人間の心だって言ってたはずだ。どうしてそんな事を言ったのか覚えてないけれど、言ったのは確かだ。 心を食べるってどうゆう事なんだろう。自分で言ったくせに覚えてないとか、俺やばいな。しかも、俺、祥一朗の事、気に入ったから、自分のものにしてもいいかって言ったよな。やばい。俺何でそんな事言ったんだろ。 俺は考える事が多すぎて、歯ブラシを咥えたまま、しばらく洗面台から動けなかった。

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