「今日、シチュー？」 　くんくん匂いを嗅いで尋ねると、母さんがにっこり笑って頷いた。 「雅くん、大好物だから。そうそう、シチューはサクラも好物よね。あなたたち本当に仲がいいんだから」 　兄弟のように仲がいいと、くすくす笑う母さんを尻目に、ぼくは内心複雑な気持ちでいっぱいだ。 　もちろん、ぼくがシチューを好きになったのも雅さんの影響だ。 　だって雅さんが好きだから……。 　好きな人が好きなものならぼくも好き。 　ああ、どうしよう。勝手に口元が緩んでしまう。マフラー巻いててよかったな。こんなんじゃ、ぼくの気持ちなんてすぐバレちゃうよ。 　だけど我ながら思うのは、よく今まで雅さんへの恋心に気づかなかったっていうことだ。 「じゃあ、行ってくるね」 　差し出された片手鍋を学生カバンの代わりに受け取って、ドアノブに手をかけた。 　玄関から一歩、足を踏み出せば、あたたかい室内から一転して枯葉をひとつ運んだ木枯らしが、まるで標的を見つけたみたいにぼく目掛けて吹いてくる。 「さむっ！！」 　ヒラヒラと舞う枯葉を横目で見ながら、隣のインターホンを鳴らすと、からからに乾燥している空気の中で機械音が響いた。今のぼくにとっては幸せの鐘の音のように聞こえてしまう。 　……ちょっと大げさだけだったかな……なんて。へへっ。 「はい」 　澄んだテノールの声がインターホン越しから聞こえると、それだけで心臓が早鐘を打つ。