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5.無自覚
スマホのアラームが鳴り響いている。それは王 のスマホの音ではなかった。だからといってその音を聞いて目が覚めないわけでもなく、うるさいアラームを止めようと顔をあげた。が、しかし王 はうまく顔があげられない。何かが首の後ろにあって身動きがとりにくいのだ。どうして?と疑問に思ったが目の前の光景が目に入って王 は絶句した。ガルが真横にいる。それだけではない。私を抱きしめているのだ。12年間彼と同じ布団で寝てきたがこんな状況は初めてだ。鳴り響くアラームが余計に心拍数を上げていく。今、ガルが起きたらどんな顔をしていたらいいのだろう。それに寝ているというのに抱きしめる力は強くて抜けて行けそうにない。
「…。おはよ」
「ヒッ…!お、おはようございます…」
少しもがいてみたらガルの声がしてビクッと跳ねてしまった。はち切れそうなくらい心臓がバクバクと鳴っていて呼吸が早くなる。起こしてしまったか。いや、このアラームはガルが付けたものだからガルは起きるべきなのだが私にとっては起きてほしくないというだけ。
「壊れる前に言いな」
「えっ………?」
どうするか迷っているとガルの方が先に話し始めた。その声は寝起きのガルの声ではない。寝起きが悪いガルは朝起きたばかりの期はもう少し機嫌が悪く、唸ることも多い。それがはきはきと話しているということは今起きたわけではないようだ。つまり私が起きる前から彼は起きていて、そのうえで私を抱きしめて………。
「~ッ!」
そうだとしたらなんで、こうなっているのか。カッと熱くなって声にならない叫びをあげた。私は昨日何をしていたんだ!夕方くらいにガルとの任務を終えて、そのあと職場に行って…。ガルが入店してきたのは覚えている。その後は?そのあと私は何をしていた?
「あ……あの…、私は貴方に何かしてしまいましたか…?」
恐る恐る問いかけた。
「ん~様子はちょっと変だったけど何もしてないぜ」
「よかっ………」
「でも一つだけ聞きてぇんだ」
「はい?」
「泣くほど俺が好きか」
呼吸が止まった。それなのに心臓だけが壊れそうなくらい動き続けている。
”泣くほど俺が好きか”その言葉で思い出した。夢を見た。昔の私の夢と、昔の自分のように振る舞うガルの夢を。私が虐げていたのは事実で、日ごろのストレスを全て彼にぶつけていた時期がある。そんな風にガルに蹴飛ばされて、殴られて、突き落とされる夢を見ていた。見たこともないような表情で私を拒絶するガルに向かって私は泣いて叫んだ。行かないでほしいと。
「………。身勝手だと思いますか?」
いつから心が変わったのか、自分でもよくわかっていない。あんなに不必要だと思っていたのになぜ大切にしているのかなんてわからない。ただ一つだけ言えるのは今の気持ちは間違いないということ。
「勝手な奴だとは思うけどよ、いいんだ、そんなこと。好きかそうじゃないのか聞きたいっつーか」
「ごめんなさい、好きです」
どれだけ綺麗な物でも壊れるのは一瞬だな、と思う。私一人で青龍から抜けてやっていくなんてできなかっただろう。ここまで一緒にやってきてくれて本当に嬉しかった。すごく心残りではあるが戻れないな。
「本当にごめんなさいね、気持ちが悪いでしょう?私、出ていきますから心配しないで…」
「何言ってんだ?俺も好きだって思ってたから一緒だなって言おうと思ったのに」
「…は?」
王 は硬直した。今、何を言われたんだ?
「は?じゃねーよ。昨日なんか変なうぉん見てて思ったんだけどさ、俺もうぉんのこと好きだわ」
「あ、あの、あのですね?ガル?わ、私が言っている好き、というのはですね?友人としてとか相棒としてではなくて恋愛感情のことを言っているんですが…」
「知ってるよそんなこと。そこまで馬鹿じゃないぜ」
王 は頭を抱えた。情報量が多すぎて理解できない。とりあえず今の状況を整理すると、昨日私は夢を見ながら寝言か何かを言っていてそれをガルが聞いていたということ。その上で私を抱きしめたまま寝ていたのか、それとも起きていたのかはわからないが私が起きるよりも早く目が覚めていて、そしてガルが私を好きだといった。…もしかしてまだ夢かもしれない。
「私熱でもあるんでしょうかね…」
「あ!?熱?そうだうぉん今日は絶対病院行けよ!倒れたんだから!」
「たお、れたんですか?私…。昨日のことはよく覚えてなくて…」
記憶が曖昧なのはそのせいだったのか。どうやら私は昨日意識を失ったようだった。確かに昨日は少し調子がよくなくて、今日は休もうと思っていた。
「覚えてたら困るぜ」
「な、なにが…?」
「倒れたからベッドまで運んでやったと思ったら急にキスするもんだから俺びっくりしたぜ!」
「はぁ!?さっき私何もしていないって言ったじゃないですか!!」
なぜそれが何もしなかったのうちに入っているのかわからず声を上げてしまった。大問題じゃないのか。意中の相手ならともかく、男にキスされたことが重要ではないと言い張るのか。
「ほんのちょっとだけだったし!」
「こういう事に大きいも小さいもないんですよ!やってしまったらもうそれはセクハラなんですから!本当にごめんなさい」
これは言い逃れできない。確かに好きと言っただけであんなにも真剣に聞くだろうか?そうではなかったのだ。私がキスをした上に好きだというものだから恋愛感情で好きなのではないかという疑問を作ってしまったんだろう。だからこそあえて問いかけて、答えを知りたがったのではないだろうか。
「いいよ、怒ってないし。許すからその代わりもっかいして?」
「ガル?駄目ですよ、戻れなくなっちゃいますから」
「戻る気なんて元々ねーよ。うぉんじゃねーとやだ」
ああ、本当にこの人は。
覚悟を決めてそっと触れるだけのキスをした。それはまるで恋を知ったばかりの初心な女性がするような控えめの口付け。触れ合う時間もほんの少しだけの軽いキスだ。
「…こんだけ?」
「まだ朝ですよ」
時間帯を言い訳ににして恥ずかしかった事を言わなかった。ガルは少しすねたそぶりをしたもののそれ以上のことは求めてこない。それでも今の発言を聞いて弱点を見つけてしまったようだ。
「じゃあ夜ならいいってことか」
しまった、と思ったが取り繕っても意味がない。もう彼は友人でも相棒でもないのだから。
「体調がすぐれないので今日はやめておこうかな、なんて」
「キスだけで倒れるとかどこの少女漫画なんだそれ」
だからといって恋人だろうか?まだその段階ではないような気もする。違う、もう関係性に名前はあるんだ。
「じゃあ、病院に行きますか」
「おう。俺も行くぜ。途中で仕事しそうだからな」
腕をぶつけあって黒い蛇を交わらせる。このタトゥーを刻んだ時から私たちはツインヘッドスネーク。二人で一つだと誓い合った。この蛇のように絡み合って生きていけばいい。
二人でクローゼットへ向かって着替え始める。よくよく考えるとこんなにペアルックばかりなのに私たちは付き合ってもいなかったのか。
「ふふっ…」
「なんだよ」
「いいえ?今日は仕事でもないですから、何にしましょうね」
「俺はこれ!可愛いうさぎちゃん!」
「じゃあ、色違いで行きますか」
お揃いのパーカー着替えながら二人は顔を見合わせて笑い出した。どうして今まで気づかなかったんだろうかと。いつも服装をそろえているのはツインヘッドスネークだからだったがこれからは恋人だから、でもいいかもしれない。
「二日連続でドライブデートなんて贅沢ですね」
「ほんとだぜ。今日は恋愛ソングでもかけようか」
二人はそのまま少しの荷物を持って部屋を出ていく。いつもよりすこしだけ距離感が近くなって捉え方も変わったけれど二人は一匹の蛇。
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