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6.絡
「過労か…」
病院からの帰り道ぽつりと王 が呟いた。何も意外なことではなく周知の事実ではあったが自分では大丈夫だと思っていた。その根拠は何かと問われると王 自身も回答に困るところではあるのだが。
「いや、逆に他に何があるんだよ」
一応薬は出してもらったが風邪や病気の類ではなく無理のし過ぎによるものだと言われた。ガルは当然だとずっと言っている。確かにそうなのだろうがどうにも納得がいかない。
「発作とか…?」
持病を持ち出せばいいと思っているのか事あるごとに持病のせいにしている。そんなことばかり言っていてガルが許すはずもなくデコピンを食らった。
「Scemo 、休むことを覚えな」
怒っているのだろうがどこかいつもより甘く聞こえる。ただの気のせいかもしれない。スラングを吐くくらいには怒っているんだ。
「ごめんなさいってさっきも言ったでしょう?明日も休みますから」
駐車場に入ってエンジンを切る。バーの店員も居ないのか駐車場は二人の乗った車だけでとても静かだった。車から降りようとドアに手をかけるとガルが肩を叩く。
「なに………」
ガルの方を向いた途端、顎を掴まれて強引に引き寄せられる。王 はバランスを崩してそのままガルにもたれかかるような体勢になってしまった。驚いて声も出せないでいるうちに噛みつくように口付けられる。野性的で荒々しいキスだ。強引に舌を入れられて苦しさに喘ぐ。
「んぁ…ん、が、がる…、まっ…て、んん………」
甘噛みなんてものではなく痛みを感じるほど激しかった。彼の牙で舌を切りそうだ。しばらく呼吸もままならずただ喘ぐことしかできなかったが軽くガルを叩いて抵抗するとようやく解放してもらえた。
「Fifone 」
ガルはそれだけを言って車から降りて行った。呼吸を整えて王 も後を追った。臆病者、か。
「待ってくださいよ、噛みつくだけ噛みついて放っていくなんて酷いです」
「自業自得っていうか?おいしいもんは先に食えっていうか?」
ガルは知らんぷりをしながら階段を上がっていく。彼は時に小動物のように可愛らしく、時に獣のようだ。彼は私に臆病者というがそれならば私にも言い分がある。
「仮にそうだとしてもガル、貴方はついこの前まで彼女がいたじゃありませんか!そんな状況で私が告白できるとでも?この前までノーマルですよという顔をしておいて「俺も好きだ」じゃないんですよ」
詳しい時期は覚えがないがガルは時折彼女を作っては家を留守にしていた。家に帰ってこない時は恋人といるのだと理解していたがその状況で告白などできるものか。
「んあ?あ~…アレか…」
恋人が仮に女性でなかったとしたらもう少し可能性を見出していたかもしれないが女性と普通の恋愛を楽しんでいる中で男から告白するなんて無理だ。
「アレ、振られたって言わなかったか?」
「言いましたよ。でもそうじゃないです!ノンケですよって顔してる人に告白できないって言ってるんです!私は昔から同性愛者ですから!」
今まで普通に過ごして居たくて彼女も作ってはきたが根本はそうなのだ。だからこそ彼女を作っても飽きてしまうし、嫌になる。自分がおかしいのだと言い聞かせて世間体を気にして結婚まで考えたこともあったが無理だった。そのことを言ったのは初めてかもしれない。
「うぉん、それは初耳だぜ?」
「ええ、言ってませんでしたから」
わざわざいうことでもないし何より嫌われたくなかった。カミングアウトして嫌われるくらいなら言わないで関係を続けた方がいいと考えている。
「まぁ、今更聞いても何とも思わないけどさ。俺は………あれだよ。アレ、あっちから告ってきたからまぁいいや~っておもっていいよって言ったんだけど、あっちから振ってきてさ」
「貴方が何かしたんでしょうそれは」
「そうらしい。聞いたら「ガルはいっつも王 の話しかしない」って言われてそん時にあ~確かにって思ったわけよ」
ガルは爆弾しかもっていないのだろうか?振られた理由が私だったとは考えもしなかった。
「なんで私の話ばかりするんですか…」
「ん~だ~って、買い物するのだってうぉんといた方が好みが似てて楽しいし、食いもの食うときだってうぉんが教えてくれる店はハズレがないし、仕事ん時はもちろんうぉんといるし??なにかと言ってたっぽくてさ~」
確かに好みは似ていると思う。ガルのようにかわいいアクセサリーは得意ではないものの、服や私物は似たようなものを持っていることが多い。食事に行くときはガルの好きそうな店を選んではいたが、まさかそのせいで恋路を邪魔していたとは。
「…つまり自覚はなかったが、私の話ばかりしていて、指摘されたときに私が好きだと自覚したと?」
「そゆこと。そんならもう恋人いらないや~って別れてから作ってないぜ」
王 は溜息をついた。私が臆病だったのは本当にそうだと思うがガルはガルで無自覚すぎる。それでもそのことを伝えてくれる素直さはとても好きだった。
「そうならそうと早く言ってくださいよ。無駄に心を痛めていたじゃないですか」
部屋について王 はベッドに腰かける。ガルは今から店を開けるようでいつもの服に着替え始めた。こうして考えると目の前で着替えができるくらいの近しい関係だったのになぜ気持ちは伝えられなかったのだろうか。
「言う機会がなかっただけだし。ちゃんと休んどけよ、まぁ階段おりてきたら気づくけどな」
「はいはい、休みますよ。いってらっしゃい」
家を出て行った時から変わらないくしゃくしゃの布団に潜り込んで寝るそぶりをした。それを見てガルは階段を下りていく。音がしなくなってから思い切りガルの枕を抱きしめた。もう好きに嘘をつかなくてもいいんだ。そっとガルのぬくもりを思い出しながら丸くなる。
次は愛してると言えるように頑張ろう。
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