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8.恋をするということ
薄っぺらい関係の薄っぺらい言葉だらけの記事を読む。こうすれば相手が喜ぶだとかは書いてるが信憑性があるのかどうか。広告収入のためのサイトのような構成のモノばかりで呆れて興味を失った。スマホを放り投げて天井を見上げる。
恋愛ってなんだろう。あの日から考えてしまうようになった。単純に俺はあいつが好きで、あいつは俺が好き。それだけでいいのかもしれないがどうしても気になるのだ。もしかしたら王 はロマンチックな恋がしたいかもしれないし、そうではないかもしれない。何かを求められるかもしれないし、それに応えないといけないかもしれない。まぁ、そんなのを俺に求めるような人でもないとは思っているが。
「”おすすめのデートスポット 東京”っと…」
休みの日すら滅多に一致しない俺らが本当の”デート”なんてのに行けるのはごく稀だ。一緒に車で仕事に行くときに王 がドライブデートだと言い張ることはいつものことだが、それはあくまで仕事の行きと帰りだ。検索結果には観光施設や景色の良い場所などがずらりと並んでいる。治安の悪い日本だが、娯楽はまだ消えていない。むしろ娯楽が増えていく気がしている。楽しまないとやっていけない世界になってしまったんだろう。
「遊園地に行く歳じゃねーしな…」
ページのトップにでかでかと映る遊園地の写真。にぎやかな様子が写っているが行きたいかと言われると微妙だった。キャラクターの可愛いアクセサリーには興味があるが遊具にはあまり関心が湧かない。飲み歩きができるような場所や、雰囲気の良い場所も見慣れているせいでつまらなそうだ。
「ん…?」
ピタリと指が止まる。画面には水族館の文字が映っていた。水の中を泳ぐ魚の写真が添付されている。場所は港区らしく、近所だ。港区なら仕事でもかなり行っているし俺たちの庭のようにしているが水族館には行った事が無かった。歩き回って遊具に乗ってで疲れるような遊園地より百倍いいだろう。王 にとっても負担がなさそうだし案外悪くないのかもしれない。
「次のうぉんのやすみは~……」
基本王 の休みはバーの定休日だ。火曜定休のバーなので直近だと次の火曜日と言うことになるが、急に予定を入れると他の仕事が入っているかもしれないのでその次の火曜のチケットを押した。
気が早いかもしれないが、ガルはそういう男だ。思った時にすぐ行動するタイプ。チケットの購入完了画面を見てから王 にメッセージを送る。
『14日の休み、予定入れんな』
ウサギが寝ているスタンプと一緒に送信して、すぐに既読が付く。仕事中でも連絡だけはまめな奴だからきっとすぐに見たんだろう。
『急に何ですか。仕事?』
『仕事じゃねーけどもう予約したから』
きっと王 は困惑しているだろう。いつも相談もなしに決めるから困った顔をされることが多い。今も仕事場でヘンな顔をしているに違いない。
『もう決まってるんですか?わかりましたよ』
心の中でやった、と叫んだ。明確に伝えたわけではないがデートの約束を取り付けたのだ。うんと奮発して飯も奢ってやろうか。なんて考えながら風呂場に向かった。
「残念そうね」
「そりゃそうだろ。デートしようとおもったのにこんなババアといるんだから」
当日、王 は姉妹店の店長が倒れたせいでヘルプに入らざるを得なくなって、欠席した。チケットがもったいないからとラーナを呼んで水族館に来ている。
「ババアじゃないわ、お姉さんよ」
ふてくされながらもせっかく買ったチケット分は楽しまないともったいない。水槽の中の綺麗な魚たちもどこか霞んで見えてしまう。遠足の日に雨がふったときの子どものようで、ラーナもため息をついた。
「周りのお客さんに失礼だからもう少し機嫌直しなさいよ。ほら、あそことかきれいじゃない?」
どの水槽も綺麗なレイアウトで、カラフルな魚が泳いでいて楽しげだ。それが余計に腹立たしくて機嫌なんて戻りそうになかった。俺が勝手に決めたことだし、内容を伝えなかった自分が悪いのかもしれないが、どうにも不服でつまらなくて、寂しい。
「…じゃあお土産でも見に行く?かわいいやつあると思うわ」
「いく…」
足早に水槽のあるフロアを抜けてお土産売り場へとやってきた。イルカや魚のぬいぐるみがいっぱいあってかわいらしい。
「ほら、あんたが好きそうなものばっかり。ぬいぐるみもあるしキーホルダーもあるわ」
見渡す限り好きなもので埋まっている。かごを手に取ってほしいと思ったものをかごに放り込んでいく。うちには海の生き物のぬいぐるみはあんまり置いていないから、可愛いのは買っていこう。
「これ可愛くね?」
「えっなにそれ…ハナヒゲウツボ…?よくわかんないけどあんたが好きなら買っていけば…?」
ほかの客が驚くくらいかごにぬいぐるみを入れて、会計をしに行こうと思ったときある商品が目に留まった。それはイルカがプリントされたグラスだった。グラスなら、王 も使ってくれるはず…。
「さすがに買いすぎじゃない?それで終わりにしなさいね」
「わかってるよ!置くとこなくなるし!」
足早にレジに向かって会計を済ませることにした。
「どこに行ってきたんですか…そんな大荷物で…」
家に帰ると帰ってきたばかりなのか仕事の時の姿をした王 が立っていた。髪を結んだままでメガネもしてる。
「水族館~」
ふてくされながらベッドに倒れこんでそのままぬいぐるみを一面に広げた。サメにイルカにハナヒゲウツボ、あとチンアナゴもある。
「はぁ…そ、そうですか…楽しそうでよかったです」
「楽しいもんか」
「楽しくないのに何で行ってきたんですか…」
両手でぬいぐるみを持ってゆらゆらと動かしながら遊び始めた。子供のように。
「袋は捨ててもいいんですか?それとも取っておきますか?」
「いいよ、捨てて」
機嫌は一向に良くならず遊びも飽きてそのまま置き去りにした。着替えもしないでベッドで寝ていると王 は怒るだろうがそれどころではない。
「まだ袋に入ってるじゃないですか。はい、これ」
「…それ、うぉんにやるよ」
涼しげなグラスは使い勝手もよさそうだし、店にも置いておけるようなものだ。変に恋人っぽいのをあげるよりこういうものの方が実用的でいいはず。
「あ、ありがとうございます。大切にします」
グラスを持ち上げるとひらりと紙が落ちた。ペアチケットの半券だ。それを拾い上げた王 が目を丸くする。
「…?…っ!まさか今日入れてた予定って…っ!」
「ばーか、うぉんなんかだいっきらいだ」
慌てて王 が駆け寄って覆いかぶさるように抱きしめた。
「ごめんなさい、許してもらえませんか。埋め合わせは絶対しますから」
嫌がるそぶりこそしなかったが返事もしなかった。しばらく黙っていると王 が不安そうに顔を覗き込んでくる。ガルの目からは涙が零れ落ちていて目元も赤くなっている。
「ごめんなさい、本当に…。まだ夕方ですから…あと少しですけど休みを貴方にあげますから…ね?」
「…………飯食ってないから奢れよ」
枕に顔を押し付けて声がこもる。子供みたいで情けないがこんな姿を見せられるのも王 だからかもしれない。
「いいですよ、何が食べたいんですか?」
「魚」
「水族館に行ってきて魚ですか?まぁ…いいですけど」
王 に抱きかかえられて起き上がる。そして不貞腐れたまま部屋を後にした。
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