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12.痛みを知らないで

コンビニからの帰りに宣言した通りガルは家に着くや否や服を脱ぎ始め行為の準備をしている。 「仕事の後は気が昂っていることが多いですね?」 「まぁな、嫌でも興奮してるんだろ。ま、仕事(殺し)の時の興奮とコレはまた違うんだけどさ」  殺すことに性的興奮を覚えるのではないようだが、仕事の後は大抵興奮気味で性的興奮に変わらなかったとしても暴飲暴食が目立つ時もある。人として心を保つようにそういった欲求に変換しているのだろうとは思う。 「まぁそんなものかもしれませんが」  彼は現地で人を殺す殺し屋だ。脱げば身体中に傷があるしそれを隠すようにタトゥーがある。最近はタトゥーの上にも傷が増えて来て何が何だか分からないことになっている。 「なんだよジロジロ見やがって」 「いいえ?随分と傷だらけだなぁと思いまして」 「もっと色気ある体が良かったって?ムリムリ」  もしも傷つかず新品同様の身体なら確かにもっといいがこのご時世でそんな綺麗事を言っていられない。歩けばギャングに金をスリ取られ、殺し屋が跋扈し、マフィアが会社ごと買い取って店はやりたい放題。そんな世界で2人揃って生きているだけで奇跡だ。 「十分色っぽいですよ。際どいところにタトゥー入れちゃって、誘ってるんでしょう?」 「なんだ、増やしたの気づいたのか」 「そりゃ気づきますよ貴方の体はよく見てますから」  うち太ももの付け根にトライバルタトゥーが増えている。おそらく消えないあざかなにかを隠すためにそうしたのだろう。 「ここに傷跡あったらみっともないだろ?」 「私以外が見るんですか?そんなところ」 「うぉんの為に俺…恥ずかしく無いようにってしてんだし!」  きっとガルにとって腕や足の外側などでは無い急所に近い人として弱い部分を怪我するというのは「弱い」というイメージがあり「みっともない」と思うのだろう。彼は幼少の頃から殺し屋だ。プロ意識があるんだろうが私が心配するのは専ら彼の身の安全の方だ。 「そこ、痛かったでしょう?入れるの」 「………別に」  強がっているのかそっぽを向いて小さく言った。そんなことないくせにと言いたかったが彼のプライドを折る訳にはいかない。 「次は私も一緒に入れますよ。お揃いにしましょう?」 「うぉんはダメだって、身体弱いんだから」  私が入れたいと言えば少しくらい抑止になるはずだ。ガルは私にそういうことはさせたくないタイプだから。目をそらしたままこちらを向いてくれない彼に少しだけ苦笑いして、わざとらしく色気のない言い方で切り出した。 「さぁて、ヤリますか?」 「準備できたんならな」  準備も何もローションくらいではあるがとっくの前からできている。ベストのポケットからいつものように使いきりのローションを取り出して彼の上に覆いかぶさった。初めて彼と体を重ねてからほんの数回だけしかしていないがそれでもこれが素晴らしく至高の快楽だということに気が付いているし、それは彼にとってもそうだと確信している。恋は心からだと思っている方だが、十年以上の付き合いで心は相当通い合っているのだからあとは体だけだろう。 「これ以上に何を準備したらいいですかね?」 「…いい、もうやろうぜ」  ファスナーを下ろして前を緩めれば期待して反り返った私のそれが下着越しに主張している。ガルはそれを見て何とも微妙な顔をした。嫌がっているわけでも喜んでいるわけでもない。おそらく何もしていないのにこうなっている私に呆れているのだろう。だがその顔はすぐに羞恥の色に染まった。 「ぅあ!ちょ、ちょっとまて…!」 「やろうって言ったじゃないですか」  新しいタトゥーの周辺は見られたくないのか、手で覆って離さない。彼にとってのタトゥーはファッションではなく恥を隠すためのものであることは気が付いていたもののこんなに抵抗するのは初めてだ。 「大丈夫、見せてくださいよ」  あなたの痛みは私の痛みだと言って、そっと手をどけた。タトゥー、もとい傷跡は太ももの下の方から内側を通って、足の付け根…それも性器にかすりそうなくらいなところまで刻まれていた。刃物のようなきれいな跡ではないところを見ると争いのさなかにできたようなものではない、と推測できた。拷問の跡か、あるいは。 「馬鹿みたいだろ…?逃げるのに必死すぎて足ひっかけて…そんで…」  俺プロなのにな、と自嘲気味に笑う。 「いいえ?あなたが無事でよかったです。それにあまり深い傷でもない。あなたが必死に生きようとした結果の怪我なら丸ごと愛しますよ」 「…ばーか」  長い前髪がガルの表情を隠した。それをかき分けるようにして口付けた。軽く触れあうだけでどちらからと云わず舌を差し出して絡み合う。 「なぁ、今日はさ…カラになるまでしようぜ?」 「…貴方がそう望むなら、いくらでも」  仕事のストレスなのか、はたまた別の要因なのか。今日はしきりに強請ってくる。それが嬉しくもあれば怖くもある。私を求めてくれるようになったことも、依存によるものなんじゃないかと思うと不安でたまらない日もあった。  ――でもそれでいい。今は、きっと。  安っぽいベッドに沈み込んで、溺れた。  ぼやけた意識の中で鳴り響く目覚ましを止めた。こんなに体が重いのは泥酔した次の日くらいのものだが昨日酒を飲んだ記憶はなかった。焦点の合わない目を開くと私に抱き付いて寝息を立てる恋人がいることに気が付いた。…ああそうだ、昨日は。何をしていたかを思い出していけばいくほど情事を連想しそうになったので思い出すのをやめた。いつに寝たのか覚えていないが疲れが全くと言っていいほど取れていないところから見るにあまり寝ていない。その割にはシーツや体は清潔そのもので私の性格が嫌になるほどだった。ドロドロのまま目覚めたい訳でもないが、ここまで事後であるというのを感じさせないのもそれはそれで余韻がない。 「ガル、朝です」 「ん~…?あと二時間…」  ガルの主張も尤もだが仕事があるのは事実だ。ゆっくり揺さぶると諦めたように目を開いた。 「ごめんなさいね、無理させちゃって」 「いや、俺がわがまま言ってんだ。抱き合いたいけど寝ていたいって」  こんな世界じゃなかったら、平和な世界だったら、私たちが住んでいる国がもっと安定した国だったら。もしかしたらこんな思いをしなくてもいいのではないかと思うことはたくさんある。 「…、この大きな仕事が終わったら、しばらくゆっくりしましょう。報酬が多いので働かなくても大丈夫だと思います、少しくらいなら」  ガルの返事はなかった。それは否定でも肯定でもない。それまで生きていられるかわからない私たちには「終わらせたら」なんて無いのだと知っているからだ。 「今日はたぶん遅くなるぜ。先に飯食って寝てな」  眠い目を擦りながらもベッドから出て行った彼は酷く冷たい声でそう言った。仕事の時はいつもそういう声で話すのだが今は胸に突き刺さるほど鋭く聞こえた。 「はい…。気を付けて」  私と違ってガルは殺しの仕事に行くのだ。感情なんて殺さないとやって行けない。  仕事モードに入ってしまったからかガルはほとんど言葉を発さないまま服を着替えてかばんを担いで部屋を出て行った。ガルは朝ご飯は食べないタイプなのでいつも私一人で食べるのだが今日は泣きそうだ。虚しい。いつも以上に味のしない朝食を食べながらPCに向かって仕事の準備を始める。 「はぁ…。いたい…」

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