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13.お互い様

『ごめん、今日家帰る時間ないわ、ホテル泊まる』  SNSアプリで(ウォン)にそう送ると溜息をついた。もう時間は3時を回っている。もし待っていたとしたら申し訳ないし、(ウォン)がまだ仕事をしていたとしたら寝てほしい。 「はぁ…寝れるかなぁ、俺」  (ウォン)と恋人になってから何かを抱きしめないと寝れないようになっていた。そのため(ウォン)がいない時はぬいぐるみや抱き枕を抱いて寝るのだがホテルにそんなものはない。寝れないかもなぁと不安を抱きながらホテルの受付を済ませて部屋に入った。安い割には個室でシャワーもついていた。でも疲れ切った今シャワーを浴びる気力はない。靴を脱ぎ捨ててベッドに倒れこむ。真っ暗な部屋で携帯が光っている。通知が来ているようだった。 『そうですか。そのまま明日現場に行くんですか?』  どうやら(ウォン)はまだ寝ていないようだ。 『そうなるな 明日は帰るよ』  ちょっとでも軽い印象にしようとおもってスタンプを付けた。可愛いうさぎのスタンプだ。結局そのスタンプ以降既読が付くだけで返事は来なかった。20分くらい返事を待ってみてからついに寂しくなって通話ボタンを押しそうになったが押す直前でスマホが鳴った。 「うぉ!?」  画面を見れば(ウォン)の名前が表示されている。 「も、もしもし…?」 「すみません。もう寝るところでした?」 「いや…寝れねぇなって思ってたとこ…」  なんだかどきどきしてしまって声が詰まってしまった。スマホの向こうの(ウォン)も何かぎこちない声色な気がした。 「そうですか、それは良かった」 「なんか用か?」 「いえ………あの…声が、聴きたくて…」  心臓が飛び跳ねた気がする。(ウォン)の声が胸に染みわたるようで、ほんのり切なくなった。今まであまりプライベートのことを電話で切り出すことのなかった(ウォン)がこうやって求めてくれるのは素直にうれしかった。 「はは…俺もそう思ってた」  寂しくて通話ボタンを押そうとしていたと伝えると(ウォン)はくすっと笑った。こういう瞬間が恋人なんだなぁと思える時間だ。適当な彼女を作っていた時は通話を求められても面倒くさくて断ることもあったが、(ウォン)からの通話を切りたいと思わないのはそれだけ好きだからということなのだろう。 「ちょっと離れただけなのに、寂しいなんて…私たち普段よほど近くにいるんですね」 「そうだろ、毎晩横で寝て、毎日おはようって言いあうくらいにはな」  恋人でなかった時からそうだ。よほど喧嘩をした次の日でもなければ律儀に毎日おはようと言い合っていた。そんな俺たちが付き合ってから離れたら寂しいと感じるのだろう。隣で眠るぬくもりというのは他では代えられないものである。 「確かにそうですね…こんなに近くにいたのに、私たちってばつい最近付き合ったばかりなんて」 「ほんとだよ。なんでだろうな」  今となっては俺が鈍感すぎたのかと思うところはある。考えてみれば(ウォン)が好意を寄せているのだと感じる行動はいくらでもあったはずだ。それなのにその好意に気が付いたのは彼が倒れる少し前だというのだから、鈍感にもほどがある。 「でもよかった、寂しいと思うのは私だけじゃなくて」  重い愛をぶつけてしまったかもしれないと不安だったらしい。たった一日で、と思うところはあったようだ。だが俺も寂しかったと知ったことで安堵したと言う。 「こんなの、初めてだけどな」 「貴方はよく遅くまで出先で仕事をしていましたから…ね」  もしかしたら以前から(ウォン)は寂しかったのだろうか?毎回こんな風に声が聴きたいくらいに心細くなっていたのだろうか。 「なんか、悪いな。前も寂しかったろ?」 「………いえ、それは、私のせいでもありますから」  好意を伝える勇気がなかったせいだと自嘲気味に言う。そんなことはないと気の利いたことを言ってやりたかったが言葉が出てこなくて声をかけてやれなかった。 「でもいいんです。今は、寂しくない。貴方の声が聴けるから」 「うん、そうだな。俺も寂しくないし」  どこか意識してしまっているせいかぎこちない会話を続けながらも互いに切らなかった。少しでも長く、少しでも傍に居たいから通話を切ることはしたくなかった。 「なぁ…このまま寝てもいいか?つなぎっぱなしで」 「ええ、そうしましょう。私もそれなら枕を濡らさなくて済みそうです」 「なんだよ、切ったら泣くのかよ」 「きっと、そうだと思います。居ても泣くことがあるので」  知らなかった。俺が寝た後に泣いていたのか。隣にいるのに?全く、わがままな奴だぜ。 「おやすみ、起きたら声かけてくれよ」 「はい、わかりました。おやすみなさい」  少し布がすれる音がしたがそれ以降は音もなく静かになった。それもまた少し寂しくはあったが仕事の疲れもあるのか瞼も重くなってくる。眠気が限界になったくらいで小さく声を聴いた。 「好きですよ」  眠気に負けて声は出せなかった。そのまま俺は眠ってしまったがその言葉は夢の中で何度も何度も繰り返し聞くことになるだろう。おやすみ。

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